奇貨可居(きかおくべし)
よい機会は逃さずに、うまく利用しなければならないことのたとえ。『史記・呂不韋伝』が載せる故事に基づく。「奇貨」とは珍しい品物のこと。時を待てば値上がりするかもしれないから、いま手元におくべきだという意味。
再び英国へ
一度目の留学の期限は一年間だった。実際に過ごしてみてわかったが、一年間の留学生活というのはほんとうにあっという間である。英語を話すことにもようやく慣れて、「ペースをつかみかけてきたかな……」というところで終わってしまった。留学当初に比べれば英語は上達していたとは思うけれど、だからといって自信をもって「英語が話せます」といえるレベルではなかったと思う。英語でのエッセイの書き方も、ディスカッションの仕方も、史料の調べ方も、友達付き合いも、あともう一歩踏み込むところまでは届かなかったというのが実感だった。
ビジティング・スチューデント(聴講生)だった私は、ほかの同級生たちが必死に取り組んでいた試験も受けなくてよかった。それはある意味気楽でもあったのだけれど、オックスフォードの学生ならば普通は経験しなければならない苦しみを知らないのに、「オックスフォードに留学してきました」というのは、努力している同級生たちに対してなんだか申し訳ない気持ちになったのである。このままではすべてが中途半端で、不完全燃焼のまま終わってしまう気がした。新しい研究テーマについての興味もむくむくと膨らんできていた時期だったし、どうしてももう一度オックスフォードに戻り、正規の学生と同じように苦労をして、大学院できちんと学位を取りたいという思いが強くなっていったのである。