読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/9/29 UP)

犬耳書店は、姉妹店のRenta!(レンタ)へ統合いたします。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1230360
0
西欧近代を問い直す
2
0
0
0
0
0
0
政治・社会
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第3章 「近代国家」とは何か ホッブズの発見

『西欧近代を問い直す』
[著]佐伯啓思 [発行]PHP研究所


読了目安時間:37分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ



「歴史の危機」のなかで「確かなもの」が求められた

 第2章で述べたように、合理的思考や自由への要求が、中世・封建社会を打ち倒して「近代」を生み出したというわけではありません。中世社会は、その世界観がもたなくなっていわば自壊してゆく。そして、いわゆる「近代社会」が姿を現すまでの間、かなり長期にわたる信念体系の空白、もしくは混乱状態がやってくる。オルテガのいう「歴史の危機」ですね。

 そして、この「歴史の危機」の時代に、新しいものが模索されるというよりも過去が呼び戻され、過去へ回帰しようとする。ルネッサンスも宗教改革もそうです。ルネッサンスは思索の原点ともいうべきプラトンやアリストテレスに戻ろうとするし、宗教改革は信仰の原点である聖書に戻ろうとする。

 しかし、それにもかかわらず、ルネッサンスの人文主義は十七世紀には力を失ってゆき、その代わりに宗教改革がもたらした大混乱の時代になります。宗教改革は教会の権威を否定して、まずは聖書に書かれたことだけを信頼しようとする。その結果、もはや、教会で懺悔(ざんげ)をし寄進をし、司祭の権威にすがって精神的安定を得ることもできない。また、この時代には、旧約聖書に書かれたさまざまな予言や終末論的イメージを膨らませて、一種の神秘主義に陥り、徹底した世俗生活の否定がなされたりしますが、これも精神の安定を得ることはできない。信仰も確かなものではなく、生そのものを確実に組織することもできなくなってしまう。プロテスタントにとっては自分の住むべき場所、土地もなくなってしまう、ということです。

 この無秩序のなかでこそ、「確かなもの」が求められる。人々は自分の確かな足場を求め、社会の秩序の原点を求めるわけです。

 デカルトが登場したのは、すでに述べたように、まさにこうした背景においてなのですね。世界を確かなものとして把握する岩盤が見失われてしまった。そのなかで「確かなもの」があるとすれば、それはすべてを疑う「われ」だけだという。この精神の導きによって理解できる世界だけを、確かなものだとみなそうとしたわけです。

 これは古典的な人文主義やアリストテレスなどの考えとは大きく異なっています。人文主義にせよ、アリストテレスにせよ、知識は、人々の社会生活とは切り離せません。共同社会あるいは国家、そしてそのなかで行われる教育、そして共同の経験とは切り離せないし、知識は多くの場合、つねに生活の幸福や善の実現という実践と不可分です。知識や認識の現場にはつねに他人がおり、社会生活があった。プラトンが描いたソクラテスの「知的活動」も、つねにポリスの広場で行われた他者との「対話」ですね。

 しかし、デカルトにはそれはない。他者はいないのです。社会生活や具体的経験も意味をなさないのです。かつての哲学者たちの知識も、デカルトには確かなものとは思われない。三十年戦争に従軍中、南ドイツのある町の家の囲炉裏(いろり)端で「コギト」にたどり着くまでに、デカルトはあらゆる書物を読み、ヨーロッパ各国を遍歴したといわれていますから、当然、プラトンやアリストテレスも読んでいるわけです。しかし、それらはデカルトを納得させなかった。このことひとつをとっても、近代合理主義がルネッサンスの人文主義から出てきたものではないことは明らかです。

 この時代のヨーロッパの混乱、殺戮、社会秩序の崩壊のなかで要請されたことは、哲学者のデューイの言い方を借りれば「確実性の探求」でした。デカルト哲学はまさしく、認識と知識の「確実性の探求」にほかなりません。そして、もうひとつ、社会秩序の基礎をどのようにすれば確かなものとできるのか、この「確実性の探求」を行ったのがホッブズでした。

 デカルトの関心はあくまで人間の認識であり、精神の作用です。たしかに、世界観や知識が揺らぎ、信仰も確かなものではなくなっていた。しかし、ある意味で、現実はもっと悲惨だった。つまり、確かな共同社会が崩壊し、生きてゆくこと自体が危ういものとなっていたわけです。ホッブズは、まさにこの無秩序のなかに、秩序を生み出す確かな契機を探求しようとしたわけです。

ホッブズを生み出したイギリスの政治的・宗教的混乱

 社会の秩序が失われてしまって、政府も教会も社会を安定させることはできない。人間がお互いに相争うなかで、いつ殺されるかわからない。そういう状況になります。では、この状況下で「確かなもの」とは何でしょうか。人間が唯一、確かな関心をもてるものはいったい何かというと、生命です。生きるということだけです。神に救われるとか、幸福の追求などはその次のことで、何よりまず、いかに生命の安全を確保するか、それが人間の基本的な関心になってきます。生命体としての人間の原点に戻ってしまうわけです。

 そうすると、次の問題は人間の生命の安全を確保するためにはいったい何が必要なのか、ということです。生命の安全という、もっとも基本的なものを「確かなもの」とするにはどうすればよいのか。この問題に対してひとつの明瞭な答えを与えたのがトーマス・ホッブズで、ここに近代の政治学が誕生したのです。

 彼の主著は、『リヴァイアサン』といわれる名高い大作です。これが書かれたのが一六五一年で、イギリスにおいては、ピューリタン革命による政治的・宗教的大混乱の真っ最中でした。イギリス史のなかでももっとも血なまぐさい時代ですね。

 ピューリタン革命は一六四二年に始まって、一六四九年にクロムウェル率いるピューリタンがチャールズ国王を処刑する。こうして王政を廃止し、クロムウェルを執政官として共和制を敷くわけですが、クロムウェルの死後すぐにまた王政が復古します。今度は共和主義者たちが追放される。まさにそういう混乱の時代にホッブズの『リヴァイアサン』は書かれました。

 ホッブズの生まれは一五八八年。イギリスはスペインと会戦中でした。スペインの無敵艦隊が攻め込んでくるという報告を聞き、驚いた母親がホッブズを早産したといわれていますが、この混乱の時代にもかかわらず、ホッブズは九十一歳まで長生きしました。王党派と共和派が激しい争いをしているなかで、ホッブズはその両者から決定的に敵対視されることなく生き延びるわけですから、したたかですね。彼は革命が起きる直前にフランスに住居を移し、十年あまり経ってイギリスに帰国しますが、共和派からも王党派からも決定的に敵対視されることなく過ごします。これは奇妙な現象です。どうしてそういうことが可能だったのか。それは、ただホッブズの処世術に帰すべきものではなく、彼の著作を理解するうえでもかなり重要な問題なのです。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:15295文字/本文:18027文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次