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死にざま 生きざま
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生き方・教養
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第五章 ニューギニア慰霊行

『死にざま 生きざま』
[著]紀野一義 [発行]PHP研究所


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   海も空も心も燃えて


 昭和四十九年の夏、私はニューギニアへ旅した。かの地で死んだ日本軍の将兵を慰霊する旅であった。その旅で見た赤道の海の蒼さ、荘厳な南十字星の輝き、将兵の遺骨が見出されざるままに生い茂るジャングル、今なお昔のままに放置されているラバウルの洞窟陣地、灼熱の太陽や巨大な赤蟻の大軍、それらのひとつひとつが私の心に刻まれて、四年たった今も鮮烈に思い出され、私の心情の奥深いところで私を動かしつづけているのである。その記録の一部をここに収めて、この乱世を生きてゆく戒めのひとつとしたいのである。


 私と黄檗宗の村瀬玄妙師、黄檗宗の僧、一般参加者を加えて二十六名の「南太平洋戦没者慰霊行」の一行は、昭和四十九年七月、ニューギニアへ向かった。

 七月五日の朝早い飛行機で、まずグアム島へ飛んだ。飛行時間正味三時間の空の旅である。東京はどしゃぶりの雨。こんなお天気で出発できるのかとあやぶまれたが、時間どおりに飛んだ。三十分間はベルトの締めっぱなしであったが、やがて解放され、飛行機は紺碧(こんぺき)の空の下を飛んで、グアム島のアガニア飛行場に着いた。着くなりすぐ、まっ黒な垂直尾翼を突き立てた、異様で巨大なB52が飛び立つのを見た。ここにはアンダーソン空軍基地があり、ベトナム爆撃で悪名を駆せたB52が、常駐しているのである。

 さすがに暑い。夕方、グアム・コマーシャルポートに行き、神原汽船のトロピカル・レインボー号に乗り組んだ。九千八百トンの、まっ白な、美しいこの貨客船は、現在日本がもっている唯一の外航船である。この船は月に一度だけ横浜を出航し、グアム、ニューギニアのマダン港、ラエ港、ニューブリテン島のラバウル港に寄港し、マダン、グアムを経て横浜に帰港するのである。

 われわれ慰霊の旅の一行は、横浜、グアム間四日間の日程を縮めるために飛行機でグアムに飛び、一足先に出港し、遅れて入港したこの船に乗り組んだのであった。

 船は、グアム島を出ると一路南下する。出港したのは六日の二十二時である。

 七日朝、五時半に起きて上甲板に行く。まだ外はまっくらである。ただ東の空だけが、淡いピンク色に燃えている。船のまわりは三百六十度、黒い海である。六時かっきりに、東の水平線に太陽が昇ってきた。東の空が真紅に燃え、南の空も燃え、なんと、西の空までピンクに輝くのである。はるかな海の上に、そこだけおよそ四、五キロの幅で低い雨雲がたなびき、そこから(しや)のカーテンを引いたように雨が降っている。スコールである。船の真上はまっ青な空、南の空もまっ青、東は真紅、そのなかを、スコールの雲が、かなりの速さで移動しながら、すさまじい雨を降らせているのであった。

 こういう自然に接したのは、はじめてである。いや、これまでにも見たことはあるが、こんなに鮮烈な姿で見たのははじめてである。

 東西南北すべて波濤(はとう)のなかで迎えたこの最初の朝ほど、印象的なものはない。それは人生そのものであった。東の空は真紅に燃えていても、あの滝の流れ落ちるようなスコールのなかに船が包まれていたら、船のまわりは東西南北すべて灰色なのである。ガラス窓は烈しい雨滴にたたかれて、すぐそばの海さえも見えぬのである。

 不幸に包まれている人は、スコールに包まれた船のようなものではないか。東の空には太陽が昇り、空も海も、紺碧ということばそのもののような世界なのに、それを見ることも想像することもできないのである。

 船はスコールに包まれても、針路を変更することはない。いったん決めた針路は、最後まで守られるのである。スコールは一日中つづくものではない。時がくれば、移動してしまうのである。東西南北を見渡していれば、そのことはすぐにわかる。

 水平線までの距離は一万メートルもあろうか。私は甲板に立ち、直径二万メートルの大円を見はるかしているのである。人生というものを、こんなふうに見はるかすことは、いつになったらできようか。遠い過去も、はるかな未来も、広い左右のひろがりつながりが、みんな見はるかすことができたら、どんなに人生観がおおらかになることであろうか。

 そのころ船は、マリアナ海溝の最南端、チャレンジャー海淵(かいえん)の上を走っていた。この海の深さは、なんと一万八百六十三メートルもある。富士山の高さは三千七百七十六メートル。富士山の三倍くらいの深さの海の上を、船は走っている。そう思って見ると、おそろしいほどの(あお)い海であるが、知らぬ者は、百メートルほどの深さの海と同じと思うであろう。
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