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(2021/11/26 追記)

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定年からが面白い
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生き方・教養
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10 ついに定年

『定年からが面白い』
[著]小林淳宏 [発行]PHP研究所


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 災い福に転じた骨折事故


 定年を四カ月後に控えた昭和五十九年二月十七日だった。勤め帰りに川崎の碁会所に寄り、三局打ったら全勝した。こういう時の嬉しさは格別である。エレベーターに乗って五階から一階に降りた。

 自動ドアから外に出たら雪がしんしんと降っている。しかもすでに相当積もっていた。三連勝で浮き浮きしていた私は、足どりも軽やかに車道を横切って歩道に上がったところで、すてん、と転倒してしまった。

 私は雪国の岩手で育ち、極寒のモスクワでも冬を過ごしている。雪道で転ぶことなど気にかけたことがなかったが、この時ばかりは「おや?」と思った。左足首がおかしいのだ。

 この時点ですぐ救急車を呼べばよかった。それなのにたかをくくった。痛いし、おかしいのだが、せいぜい捻挫だろうと自己診断したのだった。

 そっとびっこをひきながら川崎駅の階段を昇って降り、電車に乗った。次の鶴見で降りたらタクシーの行列がすさまじく、あきらめる他はなかった。この時だって救急車を呼ぶべきだったのにそんな知恵は全然浮かばなかった。

 この夜、雪はどんどん積もって記録的大雪となった。転倒して怪我をし、救急車を呼んだ数が世間の大きな話題になったあの夜である。

 バスの停留所も長い行列だった。しかしタクシーより確実だと思ってじーっと立っていた。だがバスから降りたところで途方に暮れた。普通十分かかる家までどうして辿り着くのか。言葉では「はって」というけれども実際にはできるものでない。人影のない、雪のどんどん積もる暗い道をびっこで歩いたり、右足でぴょん、ぴょん、と飛んでは左足をそっと地面につけて休んだりしてとにかく前に進んだ。途中に公衆電話があったけれども依然として救急車を呼ぶという考えは浮かばなかった。

 やっと家に辿りついて玄関で靴を脱いだら、それっきり動けなくなった。見る見るうちに左足首がぶくぶくと腫れ上がってきた。幸いなことにそっとしてさえいれば全然痛くない。初めて知ったのだが、骨折というのはそういうものらしい。

 こうして私は会社を丸々二カ月休む羽目になった。しかし役員会には欠席しなかった。ギプスと松葉杖という大ゲサな姿で送迎の車になんとか乗り込み、最小限の義務は果たした。四カ月後は定年退職を予定していたので、引き継ぎ態勢を早めに整えることができた。そして、この怪我はその他にも二つの幸運をもたらした。
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