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(2021/11/26 追記)

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定年からが面白い
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生き方・教養
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15 楽しみはまだまだある

『定年からが面白い』
[著]小林淳宏 [発行]PHP研究所


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 あれこれ齧ったおかげ


 私は凝り性であると同時に三日坊主でもある。だからどれもこれも中途半端で物にならなかった。だが凝りに凝っていい線にいき、もう一息というところで転勤させられてくやしい思いをしてきた。こうして定年前、なに一つ物にならなかったとはいえ、とにかくあれこれ(かじ)り、一時期凝ったことはよかったと思っている。

 大学一年の夏休み、空襲で焼け残った横浜伊勢崎町のビルのダンス教習所に毎日通ったのもその一つである。その年の秋になってからも桜木町の駅で降りてからなるべくここに寄ることにしていた。ダンス・シューズを揃え、一時はダンス教師の資格を取り、コンペに出場しようかと考えたのだから、かなり凝っていたことは間違いない。

 これは後で無数の喜びをもたらした。例えば最近でも六十三歳の私がなに気なしにある夕食会に出席した。食事がすんでダンスになったら初対面のアメリカ婦人が踊りませんかという。エチケットとして一回お相手したらこの婦人、私を離そうとしない。踊りながら、
「素晴らしいわ、楽しいわ」
「あなた、相当ダンスを習ったでしょう」

 と耳許でお世辞を囁いてくれる。エチケットに反しないよう、人目をはばかりながら時々チーク・ダンスに移らざるを得なかった。この晩、私は彼女に独占され、他の婦人の相手をすることができなかった。

 ところで、私はダンスと乗馬は同じだと思っている。馬は自分の乗ろうとする人間の乗馬能力を本能的にかぎ取る。だから下手な人が乗ると小馬鹿にしていうことをきかない。逆にうまい人が乗ると従順になっていうことをきく。女性は男性と組むと、相手のダンス能力を馬ほど敏感ではないにしても見て取る。下手な男性と組むと悲劇だ。ちっとも楽しくない。ぎこちないからだ。もっとひどいのは、男性があまり下手だと思って女性がリードを取ろうとする時だ。リードするのはあくまで男性だと思い込んでいる相手とぶつかり、楽しむどころの話ではない。

 これに反し、相手が上手だと知った女性はすべて男性にリードを委ねる。このリードが巧妙だと女性は次第にリラックスしてくる。さらに男性が、音楽のメロディとリズムに女性の身体を反応させるよう盛り上げていく技術を持っていれば、女性はうっとりしてくる。こうなると人馬一体と昔からいわれているのと同じように、男女は音楽に乗って甘美な一体になるのだから、女性はこのパートナーを手放したがらないのだ。


 大学二年の夏休みは六角橋の教習所に通って自動車の運転を習った。敗戦直後の日本で自家用車を持つことなど夢物語であり、運転技術の習得にはなんの必要性もなかった。だから趣味で習い始めたとしか思えない。免許証を取る前に秋の学期が始まり、これまた中途半端になった。それでは駄目だったかといえばそうではない。齧っておけば後で生きてくる。

 昭和三十三年にパリから帰国した私は、国際的大ジャーナリストとして有名だったロベール・ギランさんと初めて会った。そして日本語の家庭教師になってくれというので引き受けたが、授業はほとんどしなかった。毎週彼と遊び歩くのが仕事だったのである。

 築地で一番安くておいしい寿司屋とか、パリのビストロに似たトンカツ屋とか、日光街道で一番目の宿だったという江戸時代さながらの飲み屋とか、ママさんがフランス語をしゃべる赤坂のバーとか知らないところにばかり連れていかれた。彼は私と遊び歩きながら仕事にも役立てていたようだ。

 浅草で食事する前、山谷のドヤ街に行って「アリの町の天使」にインタビューし、私が通訳したので、「ルポ記事を書く下準備だな」と思った。
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