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生き方・教養
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「複線型自己アイデンティティ」に生きてみよう

『二つの生きがい』
[著]岡本浩一 [発行]PHP研究所


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──「仕事」と「趣味」と「生きがい」を結ぶ「自己アイデンティティ」


 この本で、仕事と趣味と生きがいについて考えるうえで、キーワードになるひとつの言葉が「自己アイデンティティ」です。そこで、この自己アイデンティティなる心理学用語を少し丁寧に解説しておきたいと思います。

 自己アイデンティティとは、自分にとっての自分自身の定義のことです。たとえば「私は……」という文章を一〇個くらい作るとして、どんな内容がすぐに思い浮かぶか試してみてください。
「私は技師だ」と思い浮かぶ人は、自分自身の定義のなかに、職種が大きな比重を占めている人です。
「私は○○の社員だ」と思い浮かぶ人は、職種よりむしろ所属会社の社名が心理的に重要な意味をもっている人です。
「私は□□の部長だ」と思い浮かぶ人は、会社での地位が自分自身の生きがいにも大きな意味をもっている人です。
「私は××(奥さんの名前)の夫だ」と思い浮かぶ人は、奥さんの存在感が大きな人です。

 日本人の男性であれば、仮に一〇個思い浮かべたなかに、仕事関係の項目がかなり入って来るだろうとは思いますが、もし仕事のものオンリーだと、仕事だけが自己アイデンティティになっている人だといって差し支えないと思います。
「私は写真が上手だ」「私はピアノを弾く」「私はダンスがうまい」などという内容が、ひとつでもいいから入っていて欲しいものです。こういう人が、仕事以外にも自分の世界をもっている人だからです。
「私は△△テニスクラブの代表選手だ」「私は××協会のボランティアだ」。こういう内容が入っている人は、会社以外に人間関係をもっていて、それをエンジョイしている人です。

 人間関係は自己アイデンティティの大きな要素ですから、仕事以外の自分の世界や人間関係をもっている人は、自己アイデンティティが複線化した人だと考えることができます。

 そういう人になっていただくことをお奨めしたいのです。

 私たちの世代の日本人は、いわゆる「根性主義」「なせばなる、なさねばならぬ、何事も」という風潮のもとに青春時代を送って来ました。そのために、多くの人は、受験勉強といえば、寝食を忘れるほどに打ち込まなければならないもの、人間は自分の能力を正しい方向にすべて傾注するのが正しい生き方だというムードのなかで、勉強をし、社会人となり、仕事に自己のエネルギーの九〇%ほども傾注してここまで生きて来たのです。それは、つまり、単一の自己アイデンティティのもとでの生き方だといえるでしょう。

 それはそれでいいでしょう。

 でも、そうでない生き方もあります。それを私は「複線型自己アイデンティティ」の生き方と考えています。その特徴を単一自己アイデンティティの生き方と比較して並べると次のようになります。

──複線型自己アイデンティティはなぜ必要か?

(1)仕事領域での自己アイデンティティへの心理的依存が相対的に軽いのです。そのため、仕事の出来不出来によって心理的に受ける影響が少なくなります。
(2)仕事では開発されない能力や人格属性が開発されます。
(3)自分自身を見つめる目が複眼化します。そのため、傲慢に陥りにくく、自分自身に寛容になります。
(4)他者を見つめる目が複眼化します。そのため、思いやりの深いあたたかな人柄に成長します。
(5)仕事以外の友人が増えます。そのため、世間や他人を見る目が柔軟になります。
(6)仕事以外の友人からの多次元の期待のなかで暮らすため、多次元の責任を負うようになります。
(7)仕事の殻を着ない状態の自分自身を知るようになります。


 さて、このように並べてみると、いいことずくめのようですが、複線型アイデンティティのディメリットももちろんあります。それは前述の箇条を裏側から考えていただけばいいわけですが、念のために、それをやってみましょう。

(1)仕事への心理的依存が薄れるため、本気で仕事に取り組まなくなります。
(2)仕事の役に立たない関心や人格属性ができてしまいます。
(3)自分自身を見つめる目が複眼化するため、仕事に打ち込まず、仕事上の失敗が(こた)えない人間になってしまいます。
(4)他者を見つめる目が複眼化するため、仕事のできない部下にでもやさしく、役に立たない中間管理職になってしまいます。
(5)仕事以外の友人が増え、職場の友人を軽視するようになります。
(6)仕事以外の友人からの仕事と無関係の期待のため、本業が疎かになります。
(7)自分自身の職業人としての能力把握がいい加減になります。


 どうでしょう。このディメリットのリストを見て笑い飛ばせたでしょうか。これを見て、「こんなの大笑いだ、こんなこと自分に起こりそうもない」と思った方はこの本が役に立つ読者です。この本はあなたのために書かれた本です。「ああ、まずい、こういうことが起こるかも知れない」と思う項目がふたつくらいあった人は、この本はしばらく「ツンドク」になさって、職業的な自己確立にもう少し時間をかけるほうがいいかも知れません。

──「自己実現」=「仕事の成功」ではないことに気づく


 かなり多くの人にとっては、このディメリットリストはナンセンスなのです。

 それはどうしてでしょう。自己アイデンティティを考えるうえで、このことを少しご一緒に考えておくのがいいと思っています。答えを先に申しますと、私たちの多くにとって、仕事での成功が一種の煩悩になる傾向があるからだと考えています。

 心理学で「自己実現」という言葉があるのをご存じでしょうか。自分自身の個性を正しく発揮することを指し、人間の究極の欲求だとされています。人間が生きるのは自己実現のためだという考え方もあります。言い換えるなら、「健全な自己アイデンティティを形成し、その自己アイデンティティを十分に活用した生き方をする」ことが自己実現だと言うことができるでしょう。

 仕事に密接した領域の自己アイデンティティは、あくまで、トータルな自己アイデンティティの一部でしかありません。ところが、自己の属性でも自分が積極的にやる活動と関係の薄い属性は、自己アイデンティティの構成要素としては認識されにくいのです。そのため、とくに若いころにはややもすると、「自己実現イコール仕事の成功」という認識が形成されやすいのです。

 ところが、「自己実現イコール仕事の成功」ではありませんから、ある程度仕事がうまく行き始めると、ある種の「物足りなさ」が心のなかで湧いて来るのです。それは一種の必然ですが、そのときに「これは仕事での成功ぶりがまだ足りないからだ」と感じる人ですと、その「物足りなさ」を埋めるために、もっともっと仕事をすることになってしまいます。仕事が従で生きることが主ではなくなり、仕事をするために生きるという心の状態になってしまいます。それが仕事が煩悩になってしまった状態です。餓鬼が腐った食べ物でも口に運ぶような態度で仕事をするという状態になってしまいます。私たちの心は、仕事の成功と仕事の称賛に飢えやすい仕組みにできているのです。

 それが、ディメリットのリストが杞憂に終わる傾向が強い原因です。またそれが、多くの方に複線型自己アイデンティティが必要な理由でもあるのです。

──複線型人生とキャリア型趣味


 この本で私は、複線型アイデンティティをおすすめし、あわせて、深い趣味をもつ生き方を提言しようとするものです。このような趣味のことを、便宜的に「キャリア型趣味」と名づけることにしたいと思います。二十年、三十年と継続する趣味で、仕事とならんで、自己アイデンティティのもとになり得るような趣味のことです。

 このような趣味をもっている人は、仕事とは別に、趣味の世界のキャリアをもっています。仕事とは別に、自分の生きがいの存在する世界をもっています。その世界で、職業領域とはニュアンスの異なる責任と努力と交遊を蓄えています。そのような世界をもつことが、真の意味で、人間らしい精神生活を支えています。

 それは、真の意味でのアマチュア精神です。アマチュアリズムという言葉の元の由来をご存じでしょうか。今日では、アマチュアはプロに劣るというニュアンスで捉えられている側面が強いですが、元の意味はそうではありません。元の意味は、それを生計の手段としない誇りというニュアンスが強かったのです。アマチュア精神発祥の地であるイギリスでは、生計の手段とならない活動にまじめに従事することが人間の気高さを養うことが、経験的に知られていたのでしょう。

 そのような文化は、日本にも古くから共通しています。和歌俳句、武芸、茶の湯、棋道、能楽などの発展を支えていたのは、そのような価値観です。私たちの先人もまた、趣味教養の効用というものを体で知っていたのです。

 私は関西で育ちましたが、夕方、町を歩いていると、よく、自宅で謡の稽古をする市井の人たちの声が聞こえたものでした。男性で本格的な稽古ごとに取り組む人も今より多くいたような気がします。あの時期までの人は、名づけることなく「複線型人生観」をもっていたのです。

 けれども、いつの間にか、経済競争を戦い、ローンに追われ、英会話を習わされ、OA化に振り回されているうちに、私たちは、そういうことの大切さを忘れかけてきたように思えます。複線型アイデンティティの意義を新しい眼で見つめ直し、その現代的なありかたを考えていきましょう。
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