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(2021/11/26 追記)

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自立と依存の心理
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生き方・教養
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第7章 現実を受け入れたとき道は拓ける

『自立と依存の心理』
[著]加藤諦三 [発行]PHP研究所


読了目安時間:14分
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頑張った自分に気づく


 うつ病になるような人は幼児的願望を心の底に持っている。

 幼児的願望の根源は「無責任でいたい」ということである。

 幼児的願望の本質は無責任。情緒的に未成熟な人は無責任に生きたい。でもそれは幼児期しか可能ではない。

 人はとにかく責任を負うことが辛い。
「どっちがよい?」と聞かれるのが辛い。

 幼児期は無責任でよいが、その無責任な時期を経て大人にならなければならない。それが辛い。

 もう一度言う。幼児的願望の核は「無責任」。

 口を開いているから、食べ物を入れてくれ。

 それが幼児的願望。

 本質が怠け者。


 うつ病になるような人は、責任能力がないのに責任追及されてきた。小さい頃から責任追及されてきたから、無責任になりたい。


 それなのにうつ病になるような人は勤勉に仕事をしていた。

 幼児的願望が満たされていない人は、今の責任の重さに耐えられない。

 しかし大人になれば歳相応の責任は負わなければならない。周囲の世界はその人に歳相応の責任を求めてくる。

 しかしとにかく責任を負いたくない。何よりも責任を負う能力がない。

 肉体的に言えば赤ちゃんが十キロの荷物を持って十キロ走るようなものである。

 社会的、肉体的には大人だが、心理的には子どもである。

 うつ病になった人は、それにもかかわらずとにかく社会的事件も起こさないで、社会の枠の中でまともに今日まで生きてきた。

 それはもの凄いことなのである。もの凄く辛いことに耐えて生きてきたということなのである。

 普通なら、あなたは社会的に無責任になって周囲の人に大変な迷惑をかけてもおかしくない。

 その結果、普通は周囲の人の方が心身共に消耗してまいってしまっている。

 しかしあなたは周囲の人にそういった打撃を与えていない。

 だから「よく今まで頑張って生きてきたなー」としみじみ自分の頑張りを振り返ることである。

 頑張りが日常化すると、頑張りが頑張りではなくなる。頑張りが当たり前になる。

 毎日が辛いと、辛いことが当たり前となる。でも体も心も辛いということを知っている。

 辛いと意識はしていないが、辛いのは辛いのである。単に辛いと意識していないだけのことである。

 辛いことが当たり前となったからといって、辛くなくなったわけではない。辛さに慣れただけである。

 あなたは今日まで鍛えられてきた。あなたの心は辛さに慣れてしまうまで鍛えられた。
「私はここまで頑張った」、その頑張った自分に気づくことである。
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