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日本はどれほどいい国か
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ルポ・エッセイ
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第二章 「悟性」を備えた共同体であることの幸せ

『日本はどれほどいい国か』
[著]日下公人 [著] 高山正之 [発行]PHP研究所


読了目安時間:26分
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 自ら腹黒くなる気のない不思議な民族


 高山 こうした視点から見れば、日本はアメリカとの同盟関係さえ維持していれば大丈夫などという考えが、いかに能天気なことかがわかる。アメリカも中国も共通するのは「自国第一」の姿勢であって、かたや「日米同盟」、こなた「日中友好」と言っても、お人好し日本人の幻想にすぎない。まさに「世界はみんな腹黒い」とわきまえておくべきだと思います。

 日下 「世界はみんな腹黒い」というのは、昔、私が使い始めて常套句(じようとうく)にしていたのですが、このところの高山さんの活躍で、また“復活”してきたようです(笑)。とはいえ、日本人にはそれがなかなかわからない。また、わかったとしても、日本人は自ら腹黒くなる気のない不思議な民族です。

 それはなぜかを端的に言うと、日本人の価値観が最終的には勝利を得られると確信しているからですね。親善外交だとか、和の精神だとか、相手を尊ぶだとか、いずれ長年月を経てみれば世界共通の価値観になっているにちがいないと、無意識にも強い確信を持っている(笑)。

 無意識だから、期限を区切った具体論などは出てこない。せいぜい援助するとか、外国の若者をホームステイに受け入れるとかなのですが、そうした“草の根”活動は、国際政治にはあまり反映されない。ホームステイの若者を歓待するけれど、彼らの帰国後に何かオブリゲーション(義務)を課すようなことはしない。まさに人間関係を貸借だけで考えない、世界に(まれ)な存在です。

 それから、「腹黒い」というのは日本人のモノサシで測った場合のことで、欧米人や中国人は腹黒いことをしたとは思っていない。「交渉だから当然だ」とか「契約したのだから、双方合意のうえでのことだ」と平然としているので、むしろこちらが言葉を失ってしまいます。

 これではいけないと思って証拠を突きつけて抗議すると、「では、オマエは何を要求するのか」と訊いてきます。「一〇〇ドル払え」と要求すると、先方はそのとおりにして、「オマエの要求どおりにしたから、もう文句はないだろう」と言います。面白いですよ。

 高山 日本人が怒らないのは、たしかに根本のところで途轍(とてつ)もない自信があるせいかもしれません。相手を尊ぶというか、少なくとも相手の面子(メンツ)も考えてやるというのは、たしかに日本人の特長の一つだという気がします。

 たとえば日清戦争のとき、わが海軍は清国北洋艦隊、なかんずく七〇〇〇トン超級の戦艦「定遠」「鎮遠」に対抗するために「三景艦」を建造しました。日本三景の陸奥(むつ)松島、安芸厳島(あきいつくしま)丹後天橋立(たんごあまのはしだて)から名を取った三隻の海防艦(「松島」「厳島」「橋立」)のことですが、これを建造したのはフランスから招いたエミール・ベルダンという造船技師です。平成の今から見ると、なぜフランスの「お雇い外国人」なのかと思いますが、十九世紀まではフランスは世界の科学技術の先進国で、軍事技術でも世界の最先端に属していた。

 日下 しかしフランスの技術は、独創的と言えば聞こえがいいけれど(笑)、妙なデザインが多く、実用面からすれば変てこな発明が多かった。実は、三景艦もそうでした。排水量は定遠、鎮遠の七〇〇〇トン超級に比べ四〇〇〇トン級にすぎず、半分くらいの大きさしかない。それでいながら、定遠を上回る口径三二センチの巨砲を一門据えつけて、一点豪華主義のような体裁になっている。いったいベルダンは何を考えたのか。

 松島、厳島、橋立は同型の海防艦ですが、松島の主砲は後甲板に付いていて、厳島と橋立は前甲板だった。ここにベルダンなりの答えがあった。つまり、最初の彼の考えでは、前甲板に主砲を据えつけた二隻と後甲板に主砲を据えつけた二隻の合計四隻を建造するつもりだったらしい。たしかに二隻併せれば八五〇〇トン級となり、三二センチ砲二門なら鎮遠にも対抗できる。数字合わせではそうなるわけですが、そう上手くいくものかどうか。それには格別の戦術や訓練が必要です(笑)。

 高山 さすがに海軍首脳部もそれに気づいて四隻目の建造を取りやめた、というのが真相です。建造中止にベルダンは憤慨し、契約が残っているにもかかわらず帰国してしまいましたが、日本が「三景艦」と名づけたのには、「もともと発注したのは三隻だけ」ということにしてベルダンの顔を立ててやっている面があるわけです。お雇い外国人に無能のレッテルを貼って国外に追い出したのではない。なんで、そこまで思いやってやる必要があるのか(笑)。

 のち日露戦争の第三軍司令官乃木希典(のぎまれすけ)とロシア軍司令官ステッセルとの水師営の会見が「日本武士道の精華」と言われますが、日清戦争を間近に控えた緊迫のときですら、日本人は一お雇い外国人を気遣った。
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