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吉田松陰 魂をゆさぶる言葉
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ルポ・エッセイ
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疾風怒濤篇 第六章 志士

『吉田松陰 魂をゆさぶる言葉』
[著]関厚夫 [発行]PHP研究所


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松陰の言葉
志士(しし)()ふは(すなわ)(みち)(こころざ)すの()なり、
(すなわ)君子(くんし)なり



 松陰は「志士の時代」といえる幕末においてその(さきがけ)でした。でも、その松陰は志士をどう考えていたのでしょう。

 右のことばについては、いまさら口語訳は要らないと思いますが、「志士というのは、道に志す人物のこと、すなわち君子のことである」という意味で、『武教全書講録』という著書で述べています。

 この文章のあとには「武門武士として武道を磨き、国家の大きな恩恵に報い、父母の立派な名を顕彰しようと心がけるのが志士である。武士の志が、ここに専一であるときは、粗衣・粗食をどうして恥ずかしく思うことがあろうか」と華美な服装や暮らしを戒めることばが続きます。

 ここで志士を君子にたとえていることに注目してみたいと思います。

 君子ということばは「徳の習得に励む人」という意味にはじまり、現在では、「徳の高い人」や「人格者」の意味で用られることが多いようです。治世(平和な時代)にこそふさわしい人物で、幕末などという乱世には縁遠いように思えます。

 でも、君子という“人物”に永遠の価値を与えた孔子は、「君子とは何か」と問う弟子にこう答えています。「まずその言おうとすることを実行してから、ものを言う人物のことである」

 松陰は行動に移すということを重んじました。いくら知識があっても、行動がともなわない、または行動が前提とならない意見や議論を「空理空論」として退けました。松陰のいう「志士=君子論」は、孔子が思い描く人物像に近いことがわかります。
「真の志士は艱難(かんなん)困苦の処に於て(いよいよ)激昂して、遂に才を成す」
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