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吉田松陰 魂をゆさぶる言葉
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ルポ・エッセイ
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ひと篇 第十四章 家族

『吉田松陰 魂をゆさぶる言葉』
[著]関厚夫 [発行]PHP研究所


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松陰の言葉
親思(おやおも)ふこころにまさる(おや)ごころ
けふの(おと)づれ(なん)ときくらん



 あとでもう少し詳しく説明したいと思うのですが、安政六(一八五九)年十月二十日、刑死を覚悟したあと、父、百合之助(ゆりのすけ)と兄、梅太郎(うめたろう)、そして叔父の玉木文之進(たまきぶんのしん)にあてた手紙のなかにある和歌です。すでにお知りの方も多いと思います。
「父母から授かった五体を、粗末にしないことは孝の始まりである。自立し、善の道を歩き、世に名を揚げることによって父母の名前を高めるのは孝の最終目標である」

 これは二十七歳のころの松陰のことばです。中国の聖賢のことばを待つまでもなく、松陰は「孝」を自明のこととしました。「忠義」の対象となった毛利敬親(たかちか)と同じように、愛情あふれた家庭で育ったからです。

 矛盾したことを書きたいと思います。そんな松陰は、自分が不孝者であることをしっていました。
「慈母の愛、父叔の責は人情の()へ難き所、唯だ非常の人のみ乃ち能く非常の事を為す」

 安政六年一月、野山獄に再投獄されたばかりのころのことばです。若干意訳になりますが、「私を包む母の慈愛や、愛情のこもった父と叔父の責に心は動く。しかし、そんな人情を断ち切る非常の人だけが非常の事を達成することができるのだ」ということでしょう。このことばの通り、松陰は何度か人情を断ち切りました。

 脱藩、海外渡航未遂、老中襲撃計画……。当時は連座制をたてに家族のものも罪に問われることが考えられました。また、いずれ一つとっても、気の弱いものが聞いたら卒倒しかねない大罪でした。実際、杉家では松陰の海外渡航失敗のさいには、百合之助や梅太郎が処分を受けています。

 それでも(いや、それゆえに、かもしれません)、百合之助や母の滝をはじめ杉家の人たちが松陰によせる思いはみじんも変わることはありませんでした。
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