『情けは宇宙のためならず(毎日新聞出版) 物理学者の見る世界』
[著]須藤靖
[発行]PHP研究所
私が長年天文学の研究を通じて会得した悟りは2つ。宇宙平凡性原理と宇宙適者生存原理だ。
前者は、宇宙の個々のパーツはどれもとりたてて特別なものではないということ。端的な例はこの地球。かつては、地球は宇宙の中心だとされていた。ごく最近まで、太陽系以外の惑星系は存在しないと考えられていたし、今でも地球は宇宙で唯一生命を宿す奇跡の天体だと信じている人々は多い。にもかかわらず、これらは天文学史を見れば思い上がりもはなはだしい。つまり、宇宙平凡性原理は、この世の中は法則に支配された必然的帰結の集まりから構成されている、という信仰にほかならない。
一方、後者は、そんな世の中に存在する無数の平凡なパーツは、時間をかけて進化した結果、予想もつかない挙動を示すという教え。これまた端的な例は、我々地球人である。今から約46億年前に誕生した平凡な恒星─太陽─の周りに生まれた惑星系の中の(おそらく平凡な)惑星─地球─上で今から約38億年前に、生命が発現した。原始的生命はやがて、海から陸上へ進出し、幾多の困難を乗り越えて大型動物へと進化を遂げる。にもかかわらず、約6500万年前に落下した直径10キロメートルの巨大隕石のために環境が激変した結果、当時の地球を席巻していた恐竜が絶滅し、ひ弱な哺乳類が台頭。やがて、人類が登場し、この地球の資源を消費し環境を破壊しつつある。と同時に、天文学などという学問を発展させ、宇宙の過去から未来にわたる歴史を理解しようという身の程知らずとも言える野望を抱いている。たまたま誕生した単細胞生物が、38億年もの進化を経たとはいえ、よくぞここまで変貌を遂げたものである。
本書はこの2つの宇宙的原理を通奏低音とする私の世界観にもとづいて、ごく当たり前にみえる身近な出来事から、宇宙の果てまでを貫く摂理を再構成しようとする無謀な試みである。本書のタイトル『情けは宇宙のためならず』は、地球のみならず我々が住む銀河系、ユニバース、さらにはマルチバースの平和と繁栄に向けた高い倫理観醸成への熱い思いをこめてつけた。しかしこのタイトルの真意は、書店での立ち読み程度では到底理解できまい。自宅に持ち帰り(ただし、代金を支払った上で)、全編をくまなく熟読して頂きたい。
とはいえ、本書はどこから読み始めても、独立に楽しめるよう、周到に構成されている。もしあなたが、まだ代金を支払って持ち帰るかどうか悩んでいるのならば、とりあえず初心者向けの『青木まりこ現象にみる科学の方法論』あたりを立ち読みしてから判断してほしい。お恥ずかしい話だが、私自身いやなことがあるたびに読み返し、明日への希望を再確認する作品として活用している。
前回の『宇宙人の見る地球』の出版以来4年間で、この地球をとりまく内外の状況も目まぐるしく変化した。もはや地球ファーストといった、たかだかグローバルと言い換えられる程度の狭い了見などさっさと捨て去り、全宇宙的、すなわちユニバーサルな視点から、我らがペイル・ブルー・ドットの現在・過去・未来を見つめ直す時期に来ている。
本書は、そのような新たな世界観を世に問う契機となるはずである。