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がんばることに疲れてしまったとき読む本
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生き方・教養
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第1章 まず自己嫌悪スイッチを切ってみる(がんばり癖のメカニズム)

『がんばることに疲れてしまったとき読む本』
[著]下園壮太 [発行]PHP研究所


読了目安時間:40分
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がんばらないと不安でたまらないAさんのケース


 Aさんはがんばり屋です。三十五歳の男性、中小企業の営業係長さんです。

 小さい頃から努力家で、学校でもそこそこの成績をあげ、目標の大学、希望の職に就くこともできました。

 入社してからも、他人に負けないように勉強し、積極的にいろいろな経験を積み、さまざまな苦労を乗り越えてきました。そんな姿が周囲からも認められ、同期の中で一番に係長になることができました。

 ところが最近、どうしても「がんばる」だけでは、うまくいかないことが多くなってしまったのです。

 まず、思うように業績が伸びなくなっている。たしかに不況の影響もあるのですが、Aさんは「自分の努力が足りないのだ」と自分に発破(はつぱ)をかけて営業しています。しかし、いくら努力しても、それに応ずる結果が出ないのです。

 加えて今は、課長との折り合いもよくないのです。誠意を持って接していればいつかは理解してもらえると思っていたのですが、どうもそうでもないようです。空回りするだけならまだしも、がんばればがんばるほど、相手から(うと)まれているように思えます。

 一方で、他の人を見ると、適当に手を抜いて仕事をしているように見えます。あまりがんばってもいない。それでいて、Aさんと同じ、時には上の成果をあげているのです。しかも、そんな適当(?)な人ほど、課長や周囲に好かれていたりもする。
「じゃあ、あの人のように、気楽に生きればいいじゃない」とAさんは思うのですが、実際にはそれができない。Aさんは、仕事の質を下げたり、スピードを緩めたり、いい加減にやることができないのです。

 結局、「がんばる」では限界、でも「がんばらない」もできない。Aさんはそんな自分に嫌気がさして、「どうせ自分なんてこんなもの、今のままでやるしかないか」と、自分の成長をあきらめる気持ちさえ生じ始めています。


 Aさんは、がんばる自分を卒業できなくて、自己嫌悪に陥っているようですね。

 Aさんの中には、何人かの自分がいて、折り合いがつかなくなっているような感じなのでしょう。

 そこでまず、がんばり屋さんの中で、どんな気持ち(苦しさ)がこんがらがっているのかを、解き明かしてみることから始めましょう。

がんばる、がんばらないで自己嫌悪?


 Aさんのようにがんばることをやめられないでいる人は、たいてい二つのことで自己嫌悪に陥っているものです。

 まず一つ目は、がんばるという方法がうまくいかないことに対する自己嫌悪です。

 小さい頃は、がんばり屋さんでいろいろな場面を乗り越えてきましたし、周囲からもほめられてきました。ところが大人になってから、がんばるだけではうまくいかないことが多くなってしまったのです。

 仕事でも恋愛でも人間関係でも、結局、がんばるだけではうまくいかないのかなぁ、と最近気がついています。必殺技が効かなくなってきた感じ、これが一つ目の自己嫌悪(自信低下)です。


 二つ目の自己嫌悪は、そんながんばる自分を「変えられない」ということです。

 がんばることだけでは限界が来ていることはよくわかっています。だったらやめればいい。ところがそれができないのです。

 それは、がんばらないことが、悪いことのような感覚がしているからです。がんばらないと不安でたまらない。だから結局以前と同じ、ただ闇雲にがんばってしまう方法をとってしまいます。

 そしてこの、「自分は自分を変えられない」という敗北感が、あなたの自信をいっそう失わせているのです。


 このように一番表面にある「がんばるでは、うまくいかなくなった」という自己嫌悪(自信低下)の奥に、「そんな自分を変えられない」という自己嫌悪が横たわっており、さらにその奥には、「がんばらないことが怖い」という不安が潜んでいるのです。

 実は、このがんばらないと「不安」という気持ちが、がんばり癖の一つの柱になっているのです。そこで、その不安について少し詳しく見てみましょう。

がんばりをやめられないに潜む「不安」


 Aさんの例のように、実社会では、がんばるだけではうまくいかないことも多いものです。がんばることが、逆に自分の健康や利益を害することもあります。

 そういうときは、がんばらないほうがいいのですが、わかっていてもそれができない。がんばっていないとなんとなく不安で、罪の意識さえ感じてしまいます。

 このように、がんばることをやめられないのは、「がんばらないとなんとなく不安」だからです。


 がんばり癖の不安には、四つの要素があると思います。

 一つ目は、「がんばっていない自分が常にもう一人の自分に見張られている」ような感覚です。別の言い方をすると「がんばっていないと叱られる不安」です。

 それは、勤勉と言われる日本人に特徴的な感覚で、特に今の四十代以上の世代には多いように思います。「試験で九十点を取っても、反省させられた。百点取っても、当たり前だった」というエピソードを話してくれる「がんばり屋さん」が多いのです。当時誰もが観ていた『巨人の星』の一徹お父さんも、決して飛雄馬をほめることはありませんでした。

 そんな時代のしつけや教育の中で育ったがんばり屋さんは、怠けたいという気持ち(欲求)を、それではダメという理性で抑えて努力してきました。それが、「誰かに見張られていて、叱られるかもしれない」という感覚です。

 たしかにそれは、社会で成功する秘訣だったのですが、同時にいつもびくびくしていて、大変苦しいことでもあったのです。

 人間関係でもそうです。あなたは、一生懸命に気を遣って、いつもにこやかにしています。でもその笑顔の裏では、「このがんばりをやめたら自分なんてすぐに嫌われてしまう」という、ちょっとした恐怖さえ感じたりしているのです。

 二つ目は、がんばらず、ラクをしてしまうと、その状態に慣れてしまって将来ダメ人間になってしまう、という不安です。一つ目の「叱られる不安」の変形と言ってもいいでしょう。

 少しペースを緩めようとすると、「本当に『がんばらない』でいいのか。ここで譲ると、一生怠惰という欲求に負ける人間になってしまうぞ」と必死に抵抗する自分がいるのです。

 苦労しないで成功しても素直に喜べません。単に運が良かっただけで、このまま浮かれていると、きっと足元をすくわれるという不安が強いのです。子供のとき、「将来大人になったときに、それではうまくいかないぞ」と脅されてきた経験があります。あなたはもう大人になっているのに、どうしてもこの呪縛から抜け出せないでいるのです。


 不安の三つ目は、「がんばらない」生き方を受け入れると、これまでがんばってきた「過去」を否定されてしまうという不安です。

 虐待に近いような体罰を受けた人は、それに耐え、がんばることで大人になりました。今、「がんばらなくていいよ」と言われると、「それなら、あの苦しみは何だったの?」という気持ちになります。つまり、過去の努力に意味がないと断定されるように思うのです。過去の人生を否定されることは大変つらいことです。だから、そんな人は、どうしても簡単に「がんばらなくていいんだよ」を受け入れられないのです。


 がんばり癖の原因になっている四つ目の不安は、今のあなたが「忘れようとして忘れられないトラブル」の不安です。

 私たちはいろいろなトラブルや心配事を抱えながら生きています。
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