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感情を整える
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生き方・教養
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人工の感情 “人工の感情”は心にトラブルを起こし、“天然の感情”は心を健やかにする

『感情を整える』
[著]桜井章一 [発行]PHP研究所


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「感情」という言葉を前にしたとき、あなたはどのようなイメージを(いだ)くだろうか。
「感情はできるだけ抑えるべきものだ」「感情をむき出しにするのはみっともない」「仕事で感情を出すのはよくない」「感情をいかにコントロールするかで勝負は決まる」……

 感情という言葉から導かれるイメージは、こんなネガティブなものが多いのではないだろうか。

 理性的なものが強い価値をもつこの知的な社会にあって、感情というものは一段低くみられる対象にあることは否定できない。

 ほとんどの人にとっては、理性や知性は感情より重要なものなのであろうが、私はそれとは反対に、感情こそ理性や知性より数段も重要だと思う。

 それは、理性や知性よりも、感情のほうが「自然」に近いところにあるものだからだ。

 われわれ人間は、自然から生まれた生命体なのに、自然からもっとも遠く離れたところで生きているおかしな生き物だ。


 自然界の生き物には理性や知性といったものはない。正確にいえば、彼らなりの理性や知性というものはあるかもしれないが、少なくとも人間のそれとはまったく次元の違うものだ。

 自然界にないものをつくりだす人間の知性は、脳が(いちじる)しく発達したヒトだけがもてるものであり、すべての生き物のなかでは極めて異色のものだ。その事実が人間に自分たちは選ばれた存在だという優越感をもたらす。感情を理性や知性より下にみるのもそうした流れからなのだ。


 環境問題、戦争、食糧問題、ストレス社会、うつ病、経済問題……人類が抱えるさまざまな問題のほとんどは、自然から離れすぎてしまったことから起きている。

 できることなら、人はもう少し自然のほうへ戻るべきではないか。物理的にそれが不可能なら、せめて閉ざされた本能の目を開かせ、自然の感性を呼び覚ますことが大事ではないか。そんなことを常々私はいっているが、人工的な文明の快楽と便利さに慣れてしまった現代人にとって、それはなかなか容易にできるものではない。

 だが、何の工夫もテクニックも必要とせず、いまからすぐにいくらかでも自然に近づく方法はある。それは、ただ感情を素直に解放することなのだ。

 感情は本来、本能という自然に近いものから出てくるものである。

 ところが、いまの人はあまりにも人工的な環境で生きているために、感情までもが人工的なものになってしまった。そして、うつ病や怒りといった心のトラブルは、感情が人工化していることと深い関連があるのである。


 人工的な感情ってなんだ?

 ピンとこない人も、なかにはいるかもしれない。

 もし人工的なものになっている感情を手っ取り早くみたければ、ハンバーガーチェーン店やデパートにでもいけばいい。
「いらっしゃいませ!」「ありがとうございました!」といっているときの店員の(あふ)れんばかりの笑顔は、心の底から嬉しくて笑っているわけではない。マニュアルによって、接客のときはにこやかな笑顔をしなさいと指導されているから、ただ笑い顔を人工的につくっているだけの話である。

 誰がやっても似たような笑い顔になる。つまり、人工的な感情には個性がないのだ。


 人工的な感情を日常的に出しているのは、別にハンバーガーチェーン店やデパートの店員に限らず、それこそ会社でデスクワークをしている人たちもさして変わらないだろう。会社のなかでは上司や部下や同僚に対してどう振る舞うか、それぞれの立場によって感情の微妙なコントロールに腐心(ふしん)し、会社の外では取引先に感情を極力抑えながら応対する。会社の内でも外でも生の感情を出す機会はほとんどない。

 仕事を終えて昔の学生時代からの友人などと飲みにでもいけば、そこでようやく抑えていた生の感情が噴き出すのである。

 ブラジルで生まれ育った日本人のある歌手が、新聞のインタビューで話していたが、ブラジル人はお酒を飲んで人が変わるということがないそうだ。もともと陽気なのがさらに陽気になったりはしても、人間性が変わるという人はこれまで一人も見たことがないという。かたや日本人は、お酒が入るとふだん暗い人が突然陽気になったり、周りから温厚な性格と思われている人がひどく攻撃的になったり、人格がガラリと変わる人がごろごろいる。

 ブラジル人が感情を日常のなかで自然に出しているのと対照的に、日本人は生の感情を内に溜めて出さない人が非常に多いということだろう。


 先頃引退した相撲の高見盛は、実力がずばぬけていたわけではないのに、なぜあれほどまでに人気があったのだろうか。

 それは、彼が土俵の上で生の感情を全身で表現したからにほかならない。花道を歩いて土俵に上がるときの緊張でいっぱいいっぱいの表情、土俵上で激しく気合いを入れるときの人々の笑いを誘う顔、激しい動作で緊張を振りほどくときのひどく真剣な表情……一挙手一投足すべてに感情がフルに込められていて、見るほうは目が離せない。客は彼の相撲を見るというより、そこで目一杯表現される感情を見たいのだ。

 ふだん生の感情をなかなか出せない人が多いからこそ、高見盛の感情の出し方を見て、ストレスや屈託が一瞬消えてしまうようなカタルシスを覚えたりする。

 素直な生の感情というのは、人の心をとらえて離さない強い力をもっているものなのである。

自然の感情を出していくことが、
ストレスをやわらげるコツだ
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