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マザー・テレサの真実 なぜ、「神の愛の宣教者会」をつくったのか
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ルポ・エッセイ
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第三章 生命(いのち)の隣で

『マザー・テレサの真実 なぜ、「神の愛の宣教者会」をつくったのか』
[著]五十嵐薫 [発行]PHP研究所


読了目安時間:28分
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末期(がん)の患者と共に

「インド心の旅」では、毎回たくさんのドラマを経験してきているが、一九九五年十二月の旅ほど、意味の深い旅はなかったように思う。


 まず年末年始が近いだけに、どの航空会社も満席状態にあって、航空券を取ることが非常に難しかった。出発の一カ月前になっても航空会社から予約が確定せず、勤めている会社で休暇の調整ができなくて、やむをえずあきらめた人がいた。そうかと思えば、代理店がやっと座席を取ってくれたのに、本人に電話をかけたとき、「連絡が遅いから他のツアーに行くことにした」と言って、人の苦労や金銭的な迷惑もおかまいなしに、簡単にキャンセルする人もいた。いささかショックでいると、旅行代理店の社長に、「心の旅にふさわしい人が選ばれたのよ」と、逆に慰められながらの波瀾万丈の幕開けとなった。


 参加した方は、毎年一度は必ず「インド心の旅」に参加される小山氏ご夫妻をはじめ、新婚旅行のカップル、妊娠三カ月のカップル、インドに住む相手との入籍話を進めようとしている妊娠八カ月の女性とその母親、ご主人が末期癌でありながらもぜひマザー・テレサに会いたいという坂本氏ご夫妻など、二人連れの参加が多いのが不思議だった。


 病気の坂本氏については、大腸癌の進行具合や容態をある程度聞かされていた。彼はマザー・テレサに会いたい一心で、「インド心の旅」に参加したとのことである。


 実際、彼と成田空港で会ったときには、全く血の気のないむくんだ顔で、五分間も立っていることができなかった。誰が見ても普通ではなく、私には死人が歩いているように見えた。搭乗手続きを待っている間も、何度も席を立ってトイレに行かなければならなかった。

「はたして、この人を連れて行っていいのだろうか。旅の途中で死なれたらどうしよう」と思った。彼が旅先で死んでそのことが新聞やテレビで報道されたら、私たちの活動はいっぺんに終わりになるかもしれない。もう「インド心の旅」を続けることができなくなるであろう。たとえコルカタまでたどり着くことができたとしても、マザー・テレサはいるかどうかわからない。空港のドクターに診察してもらい、旅行をあきらめてもらったほうがいいのではないかと私は考えた。


 しかし、すぐにその迷いは消えた。この旅に申し込んでこられたこと自体、彼を導き見守っている世界があってのこと、坂本氏が参加を決意した背後に、大きな天の意志を感じ、一瞬でも彼に「インド心の旅」を遠慮していただこうと考えた自分が恥ずかしかった。私は、これから生きるための旅もあれば、これから死ぬための旅があってもいいと思った。この旅に参加する人にとってすべて必要あっての心の旅であり、航空券を手にすることが困難な中にも、スタートできるということは、導かれている(あかし)だと考えた。


 飛行機が出発してからもたいへんだった。下血しているために、坂本氏は機内の狭いトイレに入って、一時間以上出てこないこともあった。トイレの順番を待つ人の列に、同伴の奥さんは気が気でない。客室乗務員たちも、何度も声をかけて気遣ってくれた。バンコクで一泊の余裕があったとはいえ、のべ十時間におよぶ飛行時間は、坂本氏にとって地獄の苦しみだったに違いない。参加したみんなも行く先で何が起こるかわからず、不安を隠すことができなかった。


 十二月二十日、コルカタ(旧カルカッタ)のホテルに着くや否や、彼は倒れるようにベッドに横たわった。そして食事すらとることができない日が続いた。あいにく坂本氏が会いたいマザー・テレサはベトナムに行っており、マザー・ハウス(神の愛の宣教者会本部)にはいなかった。「クリスマスにはコルカタに戻ってきてほしい」、という望みだけで彼は生きているように見えた。


心残りのない死に方


 マザー・テレサがコルカタに帰ってきたことを知ったのは、十二月二十三日の午後のことだった。


 翌朝、坂本氏はみんなにかかえられながらタクシーに乗り、最後の力をふりしぼるようにして朝六時からのミサに参加した。私は聖堂の入り口にマザー・テレサの姿を見てホッとした。この日のために坂本氏は命を(けず)って、(はる)か数千キロ離れた日本から来たのだ。「やっと会える」と思ったら、半分肩の荷をおろしたような気がした。できるだけマザー・テレサの近くに空間を見つけ、坂本氏に座ってもらい、私はその横に座った。


 静かにミサの儀式がすすんでいった。いつもと変わらないミサではあるが、その日は特に厳粛で、透明な時間が流れていくような気がした。シスターたちが唱う清らかな讚美歌を聞いて、私の隣で坂本氏は何度もむせび泣いていた。


 ミサが終わり、マザー・テレサは席をたった。私は「あっ、行かないで。坂本さんと会ってほしい」と心の中で叫んだが、遅かった。マザー・テレサは行ってしまった。自分の部屋に戻ったマザー・テレサを外に呼び出すことには、ためらいがある。なかばあきらめて私たちは聖堂を出た。そのときである。本当に偶然、通路にマザー・テレサはおられた。天が与えてくれたチャンスなのかもしれない。

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