読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1236205
0
資本主義の正体
2
0
0
0
0
0
0
経済・金融
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
はじめに

『資本主義の正体』
[著]池田信夫 [発行]PHP研究所


読了目安時間:6分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


 カール・マルクスの『資本論:経済学批判』が一八六七年に自費出版されたとき、初版一〇〇〇部が売れるのに五年かかり、英語には二十年間訳されなかった。それは二十世紀に社会主義の聖典として歴史上もっとも影響力のある本になったが、最後まで読んだ人はほとんどいないだろう。理解されないまま、社会主義の崩壊とともにマルクスは忘れられた。

 しかし初版から百五十年以上たった今、マルクスが新たな脚光を浴びている。フランスの経済学者、トマ・ピケティの書いた『21世紀の資本』の英訳(1)は、アマゾン・ドットコムのベストセラー第一位になった。この本の内容はマルクスとほとんど関係ないが、資本蓄積によって資本家がますます豊かになり、資本主義がグローバル化するにつれて格差はさらに拡大する、という予想は同じだ。

 いま日本の置かれている状況を考えるとき、この問題は重要である。かつて日本は自由貿易の最大の受益者だった。資源のない日本が安く輸入した原料を品質のよい工業製品に加工して輸出し、短期間に先進国にキャッチアップした。しかし中国を初めとする新興国にキャッチアップされる側になった今、政府も日本企業も戦略の根本的な転換を迫られている。

 いまだに「貿易立国」の幻想を抱く安倍政権は、財政・金融政策で円安に誘導して景気を回復しようとしたが、輸出は増えず、輸入が激増して貿易赤字は史上最大になった。原油価格の上昇や原発の停止によってエネルギー価格は上がり、成長率はゼロに近づいている。実質賃金は下がり続け、非正社員が増えて格差が拡大している。まるで二十一世紀にマルクスが再臨したようだ。

 本書では現代の経済学の成果をもとにしてマルクスを読み直し、彼の目で十六世紀以来のグローバル資本主義の歴史を見直す。彼の思想が「社会主義の崩壊」で葬られたと思うのは大きな間違いである。ソ連や東欧の体制が一九八〇年代末に崩壊する前から、それは理想とは考えられていなかった。「反スターリニズム」を掲げた新左翼は、資本主義とともに既存の社会主義をも否定したのだ。

 といっても本書は「グローバリズム」を指弾し、貧困化する労働者の味方としてマルクスを再評価するたぐいの本でもない。マルクスが分配の平等を主張したことは一度もなく、グローバル化に反対したこともない。それどころか彼は国家が分配の平等を実現しようとする温情主義を否定し、グローバル資本主義が伝統的社会を破壊するダイナミズムを賞賛したのだ。

 もちろんマルクスが、社会主義の悲劇に責任がないわけではない。彼の主張した「プロレタリア独裁」は、社会主義国家の暴力革命や一党独裁を正当化するために使われた。世界の歴史を前近代的な社会から資本主義への発展段階としてとらえた「唯物史観」の影響はいまだに強く、彼の単線的な進歩史観はヨーロッパ中心主義として指弾されることも多い。

 しかし非ヨーロッパ圏の経済発展にも、今のところ資本主義以外のモデルはない。かつては市場経済ができれば資本が蓄積されて経済が成長するというアダム・スミス的モデルが想定されていたが、戦後の開発援助の失敗はそういうモデルを反証した。最近の数量経済史の研究で明らかになった史実は、イギリスは海外の植民地からの収奪によって資本蓄積を実現したというマルクス的モデルに近い。

 資本主義の暴力的な本質を明らかにしたマルクスは、それに対して「自由人のアソシエーション」を構想した。それは労働者管理の協同組合だったが、ある意味では日本型資本主義として実現されたともいえる。そして今、日本経済が陥っている苦境の背景には、その限界がある。

 マルクスは経済学者としては忘れられたが、思想的には今なお現役だ。クロード・レヴィ=ストロースは若いころ社会主義の活動家であり、ミシェル・フーコーは共産党員だった。一九九〇年代になってジャック・デリダは『マルクスの亡霊たち』を書き、ジル・ドゥルーズは晩年に『マルクスの偉大さ』という本を書きたいといっていた。

 それはマルクスの思想が、よくも悪くもモダニズムの完成された形態だからだろう。彼の予言したとおりグローバル資本主義は拡大を続け、その恐るべき破壊力で非ヨーロッパ世界を呑み込んでいる。それがなぜこれほど大きなエネルギーをもつのかを、資本による支配構造から解明した点で、彼は現代の経済学よりはるかに進んでいた。

 市場メカニズムが完全に動く状態を前提とする新古典派経済学は、制度としての資本主義を語ることができない。新興国で多様な資本主義が生まれ、先進国でもピケティのように資本主義の制度的な欠陥についての指摘が出ているが、新古典派は何もいうことができない。資本主義のゆくえを考える上でも、マルクスの歴史的な手法のほうが有効だ。二十一世紀の今も、マルクスは未来的である。

 本書は書き下ろしだが、ブログやメールマガジンや雑誌の原稿のほか、二〇一三年七月から十二月まで行なったアゴラ読書塾「グローバル資本主義を考える」のテキストを利用した。本書の理論的コアになるのは第一章の後半の企業理論(不完備契約理論)だが、これは難解なので最初は第一章を飛ばし、あとから読み直していただいてもよい。拙著『情報通信革命と日本企業』の巻末の補論Aを読んでいただけば、数学的な証明が書かれている。

 本書は学術書ではないので、文献的な典拠や経済学の理論的説明は省略し、本文の理解に必要なものは注で説明した(出版社は検索すればわかるので省略)。しかし本書の読解は私の恣意(しい)的な「読み込み」ではなく、最近の文献考証の成果を踏まえている。史実についても、最近の経済史の研究をできるかぎり取り入れた。その根拠を示すため、一般書としては引用が多くなったが、引用部分は飛ばしても読めるように書いた。

 ややテクニカルな議論はBOXとして各章末にまとめたので、興味ある方は読んでほしい。敬称は略し、断りのないかぎり強調は原著のものである。引用はなるべく入手の容易な訳書から行ない、文献も訳書をあげた。『資本論』のページ数は、第一巻は中山元訳(日経BP)、第三巻は鈴木鴻一郎訳(中央公論社)だが、訳文は必要に応じて修正した。『経済学批判要綱』は英訳(ペンギン)を引用した(2)。

 PHP研究所の横田紀彦さんに「次はマルクス論を書く」と約束したのは六年前だったが、思ったより時間がかかってしまった。ハイエクは一年で書けたが、マルクスはそれよりもはるかに大きく重いテーマであることに、今さらながら気づいた。二十一世紀にマルクスを論じる意味があるのかどうか自問しながら書いていたが、幸か不幸か、時代はまた彼を求めているのかもしれない。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:2740文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次