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暗号に敗れた日本
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歴史
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第七章 待ち構えていた米軍に沈められた戦艦「大和」

『暗号に敗れた日本』
[著]原勝洋 [著] 北村新三 [発行]PHP研究所


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七・一 「大和」水上特攻の決定



「大和」出撃電報

 一九四五年四月六日夜、沖縄本島東北海面に集結する米空母群エセックス級空母七隻、軽空母五隻の兵器担当要員は攻撃機に爆弾三七〇発、航空魚雷一三一本、ロケット弾一二〇発を装備するのに忙しかった。標的は米軍飛行士なら誰でも知っている日本海軍最後の誇り戦艦「大和」であった。なぜ、米軍は「大和」の出撃を事前に知ったのだろうか? それは日本海軍の無線交信により交わされる暗号電報の解読にあった。ウルトラ(解読情報)は、「大和」の出撃時期、予定航路、作戦目的、目的地、兵力編成までを明らかにした。

 五日一四時四六分、米軍は「大和」出撃情報を受信した。(連合艦隊・25949?)参謀長発「第一遊撃部隊は、七日(0503? ?は不明数字)豊後水道を出撃の予定。六日午前中に徳山において燃料(約二〇〇〇トン)の補給を要請」。

 ちょうど、そのころ「大和」は、まだ瀬戸内海三田尻沖にその巨体を浮かべ艦内哨戒待機状態にあった。朝からうららかな日で、いつ開始されるかわからない出撃、戦闘に備え、「大和」は休養の意味を含め毎日の日課である各種整備作業、兵器調整、手入れを分隊ごとに実施していた。副長能村次郎大佐は、艦内作業の見回りを終えて最上甲板にあって第一番主砲塔右舷のそばでひと休みしていた。



 右舷傾斜甲板にある通称「艦長ハッチ」から上がってきた艦長有賀幸作大佐は、つかつかと副長の前に歩み寄るとかすかな微笑みを浮かべながら、無言で通信文を差し出した。副長は姿勢を正し黙って受け取った。それは突然下った特攻出撃命令文であった。副砲長清水芳人少佐「出撃の電報がきた時、准士官以上総員五分前。直ぐに上に駆け上がって副長に近寄ったら、電報を見せられた。特攻の文字が、目にこびりついた。いつも覚悟はしていたが、緊迫感を抑えきれなかった」とその瞬間を語った。

 こうして、ほぼ同時刻に日米双方が「大和」出撃を知ることになった、その後八時間以内に米軍は、日本海軍の攻撃とその実際の目的地のさらなる詳細を知ることになるのである。同日二二時〇三分、第二艦隊参謀長発「本艦隊は八日黎明時に沖縄東方海面に到達する。七日一二時〇〇分から貴隊との直接の通信を確立したい。直ちに電波周波数と暗号を知らせよ。本艦隊は佐世保海軍通信系七四六〇と三七三〇キロサイクルで聴取待機。沖縄島付近敵情報知らせよ。(特に東方の輸送動静)……」

 米軍の解読も完全ではなく(東方)は西方が正しく、それに続く電文「但し、電波輻射防衛上、『了解』信号出さざることあり。念のため」は解読できなかった。しかし、一七時二〇分、第二艦隊参謀長発、徳山燃料廠次長宛、通報・呉鎮守府長官の「当艦隊出撃予定に関連、六日……空白……直ちに……沖で要請の燃料重油一五〇〇トンは補給」を解読、そして第一遊撃部隊の編成が六日0751の傍受電報から入手されると、米軍は最後の日本海軍の誇りである「大和」が手中に入ることを悟るのである。

 六日午前七時五一分、連合艦隊電令作第611番電「1、連合艦隊電令作第603号で示した第一遊撃部隊の編成は『大和』、第二水雷戦隊『矢矧』と駆逐艦八隻に変更された。2、海上特攻隊の豊後水道出撃時刻は、第一遊撃部隊指揮官による」が解読されたのだ。

 四月061305付の電文が解読・翻訳されるとすべての情報が手に入った。第一遊撃部隊指揮官発「第一遊撃部隊作戦予定:六日1800豊後水道出撃 2300(都井岬?)から方位六六度二〇キロメートル:七日(0400?)(大隅海峡?)1000位置北緯二八度一二分、東経一二八度一五分 (2200?)位置北緯二八度一二分、東経一二六度(五六?)分 0500 八日沖縄……着」。

 062109発連合艦隊参謀長「第一遊撃部隊電第06(1305?)による第一遊撃部隊行動予定を第一〇方面軍と第八飛行師団に通報」。

 062227発連合艦隊参謀長(13666)「本六日‐‐‐空白‐‐‐‐敵空母群に対し。‐‐‐空白‐‐‐明日七日も損害を与える。第一遊撃部隊(52583)は八日朝沖縄の(41171‐西海岸?)に(‐‐‐44198)、所在敵艦艇と輸送船を撃滅、敵‐‐‐を攻撃する」。

 こうして大和出撃と任務の情報は米軍の知るところとなった。ウルトラ通信の要約は、Blue(米軍)第五艦隊司令長官(R・A・スプルアンス大将)が、六日〇〇時三〇分、第五八任務部隊と第五九任務部隊両指揮官への無線通報「You take them.」を下令したことを記録した。

 それは同時に、海上特攻隊員約七〇〇〇余名の命が危険に陥った瞬間でもあった。しかし、救いもあった。それは、現場最高指揮官判断の「自己の艦隊内に限り乗艦指定により他艦に移乗させることが可能」の規定の活用であった。
「乗艦三日目の海上勤務の経験もなく、今すぐ戦闘の役には立たないが、生き残ればこれからさき国のために働き得る有為な青年を『明日なき死への道連れにする必要はない』との理由から、艦長有賀大佐と同期の第二艦隊参謀長森下信衞少将とが相談して司令長官伊藤整一中将の同意を得て、四月二日、山口県三田尻沖に停泊中の『大和』『矢矧』に乗艦したばかりの第七四期候補生(三月三〇日海軍兵学校卒業・機関、経理)六七名の第二艦隊所属『天城』『城』への移乗措置が実行された。第二艦隊機密第052203番電「実務練習中の各科少尉候補生及び予備士官等の退艦」。結果、「大和」各科候補生四九名、「矢矧」二八名の有為な若者たちは、戦後の再建に活躍することになるのである。

ストリップ乱数による暗号

 日本海軍が発したどのような暗号が読まれたのであろうか? 残されている電文で検証してみた。

 作戦特別緊急 着 遊撃部隊司令官 報 呉鎮(呉鎮守府) 機密第060827番電 発 連合艦隊参謀長「一、出撃兵力及出撃時機は貴要望通とせられたるも燃料に付ては戦争指導の要求に基き連合艦隊機密第051446番電通二〇〇〇トン以内とせられ度 二、右に関連掃蕩隊の兵力並に行動を機宣制限せられ度」 通3824 使用暗号 呂一Bケ七(B)GF司令長官。

 これは当時の暗号電報の形式である。末尾に記載された「呂一Bケ七(B)」は、何を意味するのだろうか? これは日本海軍のストリップ乱数形式を示し、(B)は発信チャンネル、呂一は暗号規程、Bは呂乱数盤B、ケはストリップ乱数の鍵(鍵鑰書(けんやくしよ))、七は第七号を意味する。米海軍の簡略名JN25P‐051そのものであった。

 別の作戦緊急 親展 暗号軍機 着 海上護衛総司令官 報 大海・遊撃部隊司令部・第五航空艦隊司令 機密第051431番電 GF電令作第606号「第一遊撃部隊七日早朝豊後水道出撃沖縄突入の予定GHB長官は部下航空機を以て九州南方及南東方海面の索敵並に同隊の対潜警戒を実施すべし」 通3325 使用暗号 呂二Aケ六(B)GF司令長官。

 本電の(B)はチャンネル、呂二は暗号規程、Aは呂乱数盤A、ケは同じく鍵鑰書、六は第六号を示している。米海軍簡略名JN25P‐052であった。


 チャンネルAの呂一暗号規程とチャンネルBの呂二暗号規程では、ともに暗号書呂五(海軍省軍機第1147号5の1発信用、海軍省軍機第1147号5の2の受信用)が、米海軍簡略名JN25Pとして使用された。

 JN25Pとは、日本海軍名の海軍暗号書呂五を意味する。暗号書呂五(海軍省軍機第1147号の5の1の発信用と海軍省軍機第1147号の5の2の受信用)の使用期間は昭和二〇年二月一日から七月三一日まで続いた。四月一日から三〇日までのストリップ乱数は、暗号規程呂1によりJN25P‐051(呂一ケ七)、暗号規程呂2によりJN25P‐052(呂二ケ六)として使用された。


 この時期、米軍は、戦争終結までの期間、ストリップ乱数の通信の七五%以上容易に解読していた。ストリップでない通信の大部分は、よく手の加えられた乱数表だった。日々の解読総数は、対応にふくらんだ。JN25乱数形式すべてを読む一日の解読量(?)は、平均およそ八五%、時折九五%まで高まった。三月のP‐041の期間、未読のストリップ乱数電文の数は、不明瞭なもと四つのminorチャンネルを含み、一日あたり一五通以上ということはめったになかった。有効な暗号解読情報の範囲は、四月の「大和」によって例証されるが、戦艦大和の所在は、沖縄突入作戦前から探知されていた。



 第一遊撃部隊(戦艦「大和」、未確認艦と駆逐艦一二隻の編成)は三月二九日一四〇〇豊後水道から出撃予定であったが、一九時三九分、二八日付の連合艦隊の命令は中止された。本命令「1.敵機動部隊が二九日明日九州方面に接近する。2.第一遊撃部隊の佐世保への回航予定は更なる命令があるまで延期」と暗号解読から判断していた。

第一遊撃部隊の編成

 この時の日本海軍の状況は次のとおりであった。三月二六日連合艦隊司令長官豊田副武大将は、「天一号作戦発動」下令に引き続き、第一遊撃部隊に対しGF電令作第581号(二六日機密第1052番電)「出撃準備を完成し内海西部に待機」を命じた。また、「二八日1200以降指揮官所定により速やかに出撃 主力は豊後水道を一部は下関海峡を通過し佐世保に前進待機」を命じた。

 第一遊撃部隊兵力は、「大和」、第二水雷戦隊、第三一戦隊および第一一水雷戦隊(可動全力)であった。連合艦隊司令部の企図は「第一遊撃部隊を佐世保に前進させることにより、米機動部隊を誘致出来るだけでなく、航空作戦が有利に展開した場合、これをもって敵攻略船団撃滅を目指す作戦を容易にしようとした」ことにあった。

 一七時三〇分、第二艦隊司令長官伊藤中将座乗の「大和」(燃料三〇〇〇トン補給)は、第二水雷戦隊司令官吉村啓蔵少将座乗の「矢矧」(一〇〇〇トン補給)、駆逐艦一一隻を率いて出撃した。この日、米機動部隊の南九州来襲があった。米艦上機は早朝から連続して南九州航空基地に延べ五〇〇機で来襲した。沖縄周辺に空母四隻を発見した大海特務班は「電話上に出系せる沖縄方面の戦闘参加空母名」を判別した。そして「南西諸島方面敵策動は益々積極化し敵上陸の機は切迫しあり」と警告した。

 連合艦隊司令部は「明二九日敵機動部隊九州近接の徴あり」と判断、GF電令作第590号・機密第281939番電で第一遊撃部隊の佐世保回航を特令した。しかし、四月三日、豊田連合艦隊司令長官は、第一遊撃部隊の佐世保回航を取り止めたのである。

 沖縄付近の米軍上陸部隊に対する全力攻撃は、三月三〇日開始され、米軍は三一日までに戦闘は潜水艦を含み拡大したと判断していた。

 大本営海軍部は、沖縄航空決戦の決意を固め、航空兵力の集中を図っていた。そして、潜水艦は九州南東海面に出撃、回天搭載の潜水艦は南西諸島近海に潜み敵攻略部隊を(ねら)っていた。陸軍の海上挺身戦隊五三個、海軍の震洋部隊一一六個が編成されることになる。

暗号の更新とその解読

 当時の日本側記録・官房機密第134号の二八別冊付録「軍機 処分法:次号受領次第確実に処分(焼却) 注意:絶対に敵手に陥れざるよう注意を要す」 暗号図書現状表付録第一号(20・4・15)によれば暗号書伊・呂、呂、波、登、天(部外)、忠・勇、雑、略語、呼出し符号、部外暗号書が存在したと記録している。呂定数表 ア ロ(作・訳)によるとストリップ乱数用のロ一キ(呂一使用規程)、ロ一ケ(鍵鑰表)とロ一ラ(乱数表)があり、呂乱数盤は連合艦隊司令部三〇部、第二艦隊司令部五〇部、艦隊司令二〇部である。ほかに伊・呂定数表、波定数表なども記載されていた。

 暗号図書は海軍文庫に入庫しだい内地および朝鮮所在各供給廠に対し即時移管を開始したが、戦勢不利となると各地の部隊が孤立分散し、暗号図書の配布が極めて困難となったので、その対策として暗号区制を採用することになった。全作戦区域を一一区、統合中枢連合を三区と定めた。波暗号系と伊暗号系と称したが暗号書の編纂(へんさん)が間に合わず、区内専用暗号書は暗号書天暗号を流用した。また中枢間通信用暗号書は、伊暗号系と称したが、呂暗号書を代用した(六・三節参照)。

 日本海軍のストリップ乱数は、軍令部第四部十課員石井信太郎大尉により開発され、一九四四年八月二三日付で実施の許可が発令されたという。それには、陸軍暗号の神様といわれる陸軍参謀本部暗号班員釜賀一夫大尉の「海軍の暗号は更新といっても並べ方を変えるだけ、陸軍の無限乱数に近い強度の乱数を開発しないと大変なことになってしまいますよ」との忠告が動機となった。


 米暗号解読班(GYP‐1)の記録(R.I.P.無線諜報図書84‐C)は、日本海軍ストリップ乱数の導入を一九四四年一一月五日としている。米海軍暗号解読班GYP‐1と特別調査班GYP‐8は、昭和一九年九月二七日付の東京からの冒頭指示符ROSARO呂第壱乱数表(第一一号)の電文解読から、一一月の暗号変更にKEY LIST五個と使用規程を伴う乱数盤の使用実施を知った。乱数盤は、天暗号にも導入された。GYP‐8は、新しい暗号形式を引き渡されると、鍵の復元と指示符群の徹底的な解析に参加した。傍受電の四番目のグループ最初の数字は相変わらず0か1だった。根本的な問題は、00から19の範囲の二重字(注:ストリップ番号=乱片番号の鑰片符)の働きと五個の数値データを含む五数字グループの効用を発見することだった。一一月三〇日から一二月五日GYP‐3は乱数形式を解析して解読班に通知した。

 一二月一六日再び、新しい乱数が実施され、GYP鍵担当室が鍵の復元と解析を行った。誤字チェックのために「0」を含まないコードが突き止められた(六・一節参照)。一二月六日、東京中央(官房機密電)は全部隊に新乱数盤の使用を要請した。


 沖縄本島上陸戦の真っ最中の四月一日、ストリップ乱数は変更された。しかし、米軍は素早く対応し、二日後の四月三日には新しい暗号形式P‐51(ロ一ケ七)の解読が始まった。

 四月四日の通信諜報、「第一遊撃部隊指揮官は恐らく戦艦大和に座乗して呉通信系圏内にある。日本本土内における本部隊の出撃の可能性のわずかな示唆が認められる」を記録した。

 詳細な情報は五日1446に受信された。この時期、米海軍暗号解読班は、日本海軍の四つの暗号形式、JN11F(海軍暗号書天六)、JN25P(海軍暗号書呂五)、四仮名にごり形式・「於」JN147(米海軍簡略名・補助作戦用諜報暗号)、二仮名と四仮名暗号形式・「多」JN166(米海軍簡略名・連絡暗号)を探知・追跡していた。

 JN147は四一三一通、JN166は三二九三通を傍受、その一〇〇%を解読していた。そして、日本海軍のすべてのチャンネルを含むJN11の電文一万三二九四通を傍受、その一万一八四四通を、そしてJN25の電文は一万四〇八三通傍受のうち約一万一〇〇〇通を読んでいた。四月中の解読電文数は、三万二六八通に達した。さらに補助一七形式の暗号も月間四〇六八通読んでいたのである。四月中の解読の平均は日に一一四四通にのぼった。

水上特攻の決定と天一号作戦
「大和」に突如沖縄突入作戦が下った背景は、以下のとおりである。昭和二〇年三月二九日、軍令部総長及川古志郎大将は、天皇への沖縄本島を含む南西諸島方面戦況報告の際、「天一号作戦は帝国安危の決するところ、挙軍奮励をもってその目的達成に違算なからしめよ」とのお言葉を(たまわ)った。

 軍令部総長は「航空機をもって特攻作戦を激しくやる」と奏上した。及川総長は非常に恐懼(きようく)して引き下がった。これは直ちに連合艦隊司令長官豊田副武大将(日吉台地下壕・横浜市港北区)に伝達された。

 緊急電報が発せられた。「畏れ多きお言葉を拝し、恐懼に堪えず、臣副武以下全将兵殊死奮戦誓って、強靭執拗飽くまで天一号作戦の完遂を期すべし」天号作戦とは東シナ海周辺・南西諸島方面の航空作戦、作戦区分を天一号(沖縄方面)とした。


 戦況は、比島決戦の崩壊、南北海上交通の途絶、戦域は日本本土に圧縮された。堂々の艦隊決戦に期待できない日本海軍は、回天による奇襲作戦・第二次玄作戦、米前進基地の攻撃・菊水部隊梓特別攻撃隊のウルシー泊地攻撃を実行した。しかし、いずれも戦局を変えることはなかった。

 三月二三日、米機動部隊の艦上機が南西諸島を空襲した。連合艦隊は「天一号作戦発動」を下令した。

 発 鹿屋空基地 着 第一機動基地航空部隊(第五航空艦隊の連合艦隊軍隊区分。略符号一KFGB・指揮官宇垣纒(うがきまとめ)第五航空艦隊司令長官) 作戦命令着信艦所 第七基地航空部隊作戦命令着信艦所・第八基地航空部隊 機密第311314番電三分の一、二、三「第一機動基地航空部隊の天一号作戦における作戦要領左の通定む 1.作戦方針 まず敵機動部隊を撃滅したる後敵船団を覆滅し其の進攻企図を挫折せしむ 2.本作戦における兵力使用区分をおおむね左の通予定す(イ)機動部隊攻撃三AFおよび五?AF固有兵力(ロ)船団攻撃指揮下?一〇AF兵力および三AF五AF兵力の一部」使用暗号ロ一A 一KFGB 訳始めから訳了一時間四五分。

 二四日、米戦艦射撃部隊が沖縄本島南部に艦砲射撃を開始、二六日早朝、米軍は水上機基地および補給任務の船舶の泊地獲得のため、沖縄本島西方慶良間海峡の慶良間列島座間味、阿嘉、慶留間各島に上陸、二七日0900、沖縄本島西方慶良間列島の渡嘉敷島に上陸、住民は悲愴な決意を固め集団自決三〇〇余人の悲惨事を生じた。
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