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国民精神の復権
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ルポ・エッセイ
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はじめに

『国民精神の復権』
[著]小堀桂一郎 [発行]PHP研究所


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 収録候補に挙げた二十篇近い講演筆記録(全て何らかの発表媒体で既に印刷公表したもの)の中から彼是と吟味の末、茲に収めた九篇を選定して編集に取掛かつた時、意外に頭を悩ましたのが、全体を掩ふ題名をどうするかであつた。著者自身からも編集者側からもいろいろ案が出たり消えたりしたがなかなか合意に至らなかつた。再校刷が出た段階になつて漸く現に見る如き標題が編集者側から出て、ともかくも決つた。

 収録したのは、約十五年に亙る著者の職場外での講演・講話の記録から選別した諸篇であるが、それらに共通して頻出する標語の様なものを試みに抽出してみるならば、「古典」「伝統」「国民意識」「理想」「國體」「畏敬」「文化防衛」等々であらうか。これらは謂はば、正の価値の負荷を帯びた概念であると言へようが、逆に、負の価値を負はせられた概念を探つてみれば、「戦後思想」「戦後民主主義」「東京裁判史観」「シニシズム」「ニヒリズム」等が数へ上げられさうである。

 一貫した統一主題があるわけではない論集とか講演集の書物では、標題を選ぶに当つては、とかく書中の各篇に共通して含まれてゐる標語の中の重要なものを拾ひ出し、その頻出の度合や、持たされた役割の重さを勘案し、組合せて使用する、といつた方法をとることが多いであらう。本書の場合もほぼその様な過程を経ていくつかの題名案が吟味にかけられたのだが、その際如何にも陳腐な決り文句(クリシエー)に堕する様な組合せは避けたいと思つたし、又当方の心に適つたものであつても、現今の時流に迎合する様な響を帯びる様であれば是亦避けようと用心した。もう一つ、著者の同じ出版社からの前著『東京裁判の呪ひ』の如く、何か暗い、消極的な色彩の濃い題名は、たとひ書物の性格に正直ではあつても此度は避けるつもりであつた。

 選び出した九篇の講話は、殊に前半の第一・二部はかねてからつきあひの長い、若い青年学生グループの要請に応じて講じたものであつて、当時既に初老の頽齢(たいれい)に入つたとの自覚を有つてゐた著者にしてみれば、高所から(いまし)めたり(ふう)したり謎をかけたりなどといふのではなく、ひたすらに励まし、助言し、できることならこの機会に何らかの飛躍の機会を作つてやりたいと思ふ親愛な人々が聴衆であつた。

 公開講演等の機会が多いわりには、常に、又いつまで経つても己れの訥弁渋舌を恥ぢざるを得ない私の講説に、所期の効果が上らうとはとても思へないのではあるが、それでも私は、真剣に耳を傾けてくれる若い聴衆に、何とかして胸中の鬱懐(うつくわい)を語り伝へたく、思へば我ながらかなりの熱をこめて弁じたてた記憶が濃く残つてゐる。

 何をそんなに強く語りたかつたのか、私の肚裡の鬱懐とはいつたい何だつたのか。設けられた講話の場はいづれも概して気心の知れた、内輪の集ひであつて、私が警戒心無しの「個人的」な言葉で語ることを優に許された様な雰囲気の場であつたから、私は畢竟自分の少年時代の原体験とでもいつたものに依拠しつつ、時流を顧みない自由な所懐を開陳するのが常であつた。そして茲にいふ「原体験」の如きものの実体の一斑こそが、本書の題名に選んだ「国民精神」であつた。私はそれがまだ現実に生命を保ち、その脈管の中を生きた血が通ひ、なほ溌剌とした表情を見せ、晴朗な声を揚げて歌ひ、軽快にして逞しい足取りで濶歩してゐる様な時代に少年の日を送つた。

 この記憶は自分が真の頽齢の季節に入つた今現在でもなほ私の脳裏に鮮烈である。やがてこの精神は何によつてかひどく傷つき、病み、そして長い不遇の歳月に老い衰へた己れの顔貌を恥ぢて、あまり公の場に姿を現す機会を求めなくなつてしまつたかのやうに見える。だが少くとも私の記憶の中では、この精神の相貌はいつまでも若さを保つてゐる。私が世道の衰頽、時運の閉塞に加へて己れ自身の老残と銷沈に直面し、どんなに失望と落胆の境に堕ちてゐるにしても、この記憶の中の相貌に励まされ、再起への力を与へられることはよく起るのである。

 もう一度、あの精神に公の場での出番を提供し、昔と同じ様な明るい声で朗々と語つてもらふことはできないだらうか。それが実現すれば、そのことによつて、元気づけられ、日々の活動のための勇気を与へられる、少くとも自己の小さな存在を包みこんで運んでゆく大きな暖い空気の圏の肌触りに安心感を覚える、といつた人々が、若いと壮んなると又老いたるとを問はず、多く潜在してゐる様に私には思はれるのだ。

 個々の人間存在とその相互間の繋りが、まるで波打際の砂山の様に限りなく粒が小さく、淋しく、それゆゑに全体として脆く崩れやすいものになつてゐる現代において、我々が再生と賦活を望みたい過去の財産のうちの極めて上位に位するものがこの精神ではないかと思ふ。敢へて再度その名を言へば、我等皆国民同胞、といつた意識であり、それをこの際少しく標語的に、又多少の理念性を付与する心で「国民精神」と呼んでみたのである。

 この精神が本書の標題通りに復権を遂げ、現代に横行跋扈する卑小な、怨みがましい、陰湿な情念を圧倒して次第にそれと所を替へつつ、世の空気の中に明るい力を伸ばして行つてくれることを著者は願つてゐる。殊に本書所収の講演の聴衆となつて下さつた若い同気同憂の諸氏のために、少しく容を改め、表向きの言葉で語り直した体裁の本書を、心からの挨拶をこめて捧げたいと思つてゐる。
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