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国民精神の復権
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ルポ・エッセイ
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『国民精神の復権』
[著]小堀桂一郎 [発行]PHP研究所


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 本書所収の九篇はいづれも著者が各種の会合で口演した講話の筆記録の類から選別して編集したものだが、その講演と筆録の初出の年次を列記しておくと以下の通りである。


 第一部の一、戦後思想との対決

 昭和六十二年八月七日に、「大学教官有志協議会」と「社団法人国民文化研究会」が開催した阿蘇プラザホテルでの第三十二回「学生青年合宿教室」(以下四度言及するこの合宿のことを「国文研の夏合宿」と略称する)でそのプログラムの一として口演したもの。筆記録は翌昭和六十三年三月発行の国文研の夏合宿記録文集『日本への回帰』第23集に掲載された。

 以下本書に採録した四篇の「国文研の夏合宿」の講義筆録の何れについても言へることだが、同気同憂の士ばかりが一堂に会しての勉強会といふことで、講師は至つてうちとけた口調で語り、筆記録にもその雰囲気がそのままに表現されてゐる。それにも一種の臨場感ともいふべき悪くない面はあるのだが、やはり仲間うちの詞遣ひの如きものが一般向の書物の中に残つてゐるのは好ましくないと思はれたので、全般にわたつて文体の上でかなり筆削を加へた。参加した学生数氏との間の質疑応答の筆録部分も、あるものは省きあるものは本文に繰り入れて残す様にした。見出しも、本書が右の文集第23集でのそれを踏襲した項もあり、本書で新たにつけた項もあり、要するに両者は初出版と改訂版の関係にあると言へばよいのであらう。


 第一部の二、東西文明の衝突

 昭和五十九年八月六日に、第二十九回国文研の夏合宿(阿蘇プラザホテル)で口演した。その時掲げた演題は「国民意識の目覚める時――東西思想の対決」となつてをり、翌昭和六十年三月発行の『日本への回帰』第20集でも同じである。本書への収録に当つて、前章と同様仲間うちの話題としてなら印刷文字になつてもよい様な部分をここでは大きく削つた。質疑応答はこの回は右の文集にも収録がなかつた。

 原型の講演に「東西思想の対決」といふ副題が付けてあつたのだから、本書での改題がそれほど飛躍してゐるわけではないが、何しろ昭和五十九年に講じられた内容が元になつてゐるのだから、冒頭にS・ハンチントンの『文明の衝突』への言及があるのは今回の改訂の際の書き添へであることをお察し頂けよう。


 第一部の三、一神教的価値観と「天」の思想

 平成六年八月八日に、第三十九回の国文研の夏合宿(阿蘇の司・ビラパークホテル)で口演したもの。その時の演題は「一神教的価値観と日本人――日本における超越者の思想の系譜」といふやや長いもので、翌平成七年三月刊の『日本への回帰』第30集に収録した時も同じであつた。内容は私が平成六年三月まで在籍してゐた東京大学総合文化研究科比較文化専攻の課程で一年間講義してゐた内容の要約といつた趣のものだが、本書では右の文集第30集所収のものと比べるとかなりの異同がある。質疑応答は全部削り、代りに今回書き足した部分が相当量になるのだが、校正刷で読み返してみると前半部と後半部ではやはり語り口に不整合が生じてゐることに気がついた。実はこの講義草案はこの年以降も引続きそのノート作成に従事してゐるのだが、なかなか完成に至らないといふ状況にある。


 第二部の一、国家意識の目覚める時

 昭和六十三年八月八日に、第三十三回の国文研の夏合宿(島原グランドホテル)で口演したもの。その時の演題は「国家と我々――防衛問題について考へておくべきこと」であつた。前出三篇と同様翌平成元年三月発行の『日本への回帰』第24集に収録されてゐたが、本書に収めるに当つてやはりかなりの改訂を施した。質疑応答の一部は本文に織り込んで補訂した。


 第二部の二、歴史の復権

 平成十年三月十五日に福岡市で開かれた第三十回「全九州学生ゼミナール」で講じたもので、その時の演題は「『精神の危機』とその克服」であつた。それに「日本の大学の使命とは何か」との副題が付せられてゐた。同年五月に「日本青年協議会」の機関誌『國と年』五月号(通巻二三六号)に筆記稿が掲載された。これも至つて親しい仲間うちへの呼びかけの如き講話であつたから、口調も柔軟にくだけた感じの文体であつた。狎昵(かふぢつ)の調子は削つて適宜補訂を試みた。因みに「精神の危機」といふ標題は一九一九年に書かれたポオル・ヴァレリイの書簡体の論文の題として著名である。私も若年の日に繰返して読んだものだ。だが私はここで決してヴァレリイを気取つたりしたわけではないのだから、その様な誤解は是非とも御容赦頂きたい。


 第二部の三、理想像の喪失

 昭和六十年八月九日に水戸市で開かれた日本教師会第二十六回教育研究全国大会で「理想像の復権」の題の下に口演し、翌六十一年四月茨城県教師会叢書第六輯として独立小冊子の形で印刷された。これも口演の口調を至つて忠実な形で再現し成文化した文章だつたので、今回十分に改訂の筆削を加へた。標題が初出と本書とでは見かけ上意味が裏返しになつてゐるかの如くであるが、しかし少々考へてみれば、両者は実は同じことを言つてゐるのだと御理解頂けよう。


 第三部の一、日本における子供の発見

 昭和六十三年七月二十四日に東京都下青梅の大東農場における大東塾夏期講習会で口演し、その筆記録が不二歌道会の機関誌『不二』の同年十月号(四十三巻十号)に掲載された。この速記稿起しの作業に際しての、同会会員高森明勅氏の極めて良心的な、正確なお仕事を後から聞き知つて多大の敬意を覚えた。さういふわけでこの稿は本書への再録に当つて文体上の補訂を施す必要が殆どなかつた。講師たる私自身の不手際や不行届を訂す意味での加筆を施したにとどまる。


 第三部の二、「國體」について

 平成六年七月二十三日に前記の大東農場での大東塾夏期講習会に出講して口演し、同じく不二歌道会の『不二』同年十二月号(四十九巻十二号)に筆記稿が掲載された。講演時の演題は「『國體の本義』について」であり、『不二』でもそのままの題名を用ゐた。

 一文の字眼となる様な重要な詞は、往々にしてその字遣ひにまで細心の注意を払つて表記せねばならぬことがある。本章の字眼である「國體」の場合にもそのことが生じたのであつて、「國體」と「国体」とで人に与へる印象はもとより、文章のその脈絡の中でこの詞が果すべき意義にもどうしても差が出てきてしまふ。そこで文の字眼としての「國體」は敢へて正漢字で印刷することにした。紙面の印象的不整合は承知の上で断行した処置であるので、その点読者の御諒承を乞ひたい。


 第三部の三、現代に生きる天

 平成九年三月六日に渋谷区代々木の本庁で開催された第三回本庁教学研究所全国大会にて同じ演題の下に口演し、翌十年三月『本廳教学研究所紀要』第三号にその筆記稿がそのままの題で掲載された。講演後に例の愛媛玉串料訴訟に対する最高裁の違憲判決が出たのだが、この出来事に関はる状況の変化とそれに伴つて必要となる若干の文言の改訂を紀要掲載の本文では果してゐなかつたので、それを今回の再録に当つて施すことにした。それと右の研究紀要は全文正漢字で印刷されてあつたのだが、先の「國體」の例と同様、ここには正字体で印刷しておくことが是非必要である古典から引用の神名や特殊な概念語はそのままの形を本書にも残すことにした。前章よりも更に字遣ひの不整合が目立つことになつたが、これも何卒御諒承を願ひたい。


 収録候補に挙げた私の篋中(きやうちゆう)の二十篇近くの抜刷乃至本文コピーからここに見られる九篇を選別抽出する作業、及びそれを前著の新書版内容に応じて三部に分け、新たな標題や見出しをつけてゆく編集作業については、『靖国神社と日本人』『昭和天皇』の場合と同様、引続いてPHP研究所第一出版部の小林英史氏に全面的にお任せした。字遣ひについての統一・整理や一般的校閲も同氏の綿密な仕事ぶりに最も多くを負うてゐる次第であつて、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。

 なほ本書の意匠は著者の職場の同僚である明星大学教授で美術家の佐久間美智子夫人が担当して下さつた。これもこの紙面を借りて御芳情に御礼申し上げる。


 平成十一年十月末日著者 
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