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二〇二五年、日中企業格差
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経済・金融
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第6章 膨張するテンセント

『二〇二五年、日中企業格差』
[著]近藤大介 [発行]PHP研究所


読了目安時間:26分
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1 地方公務員の息子



 中国のニュー・エコノミー(新経済)を支えるもう一方の雄であるテンセント(深圳市騰訊計算機系統有限公司、略称「(タン)(シュン)」)の創業者、(マー)(ホア)(タン)(ポニー・マー)は、一九七一年一〇月二九日、中国最南端の海南島西部の八所港で生まれた。四歳年上の姉と二人きょうだいである。両親とも広東省(チャオ)(シャン)の出身で、八所港湾の港務局職員をしていた。


 一九八四年、一三歳の時に両親の転勤で深圳に引っ越した。深圳は前述のように、一九八〇年に鄧小平が中国初の経済特区に指定した人工都市で、一般の中国人は入れなかった。


 馬化騰は深圳中学で天文部に所属し、父親に買ってもらった八〇ミリ口径の望遠鏡を眺めるのが好きな理系少年だった。後にともにテンセントを興す(きよ)(しん)()(ちよう)()(とう)(ちん)(いつ)(たん)は、深圳中学の同級生である。


 北京で学生たちが民主化を求めた天安門事件から三カ月後の一九八九年九月に、深圳大学電子工程学部計算機学科に入学。張志東とは大学でも同級生だった。大学時代は真面目で目立たない青年だったという。一九九三年に卒業後は、第三章で述べた「深圳の秋葉原」こと(ホア)(チアン)(ベイ)にあった深圳潤訊通信集団有限公司に、ソフトウエアのエンジニアとして就職した。


 一九九五年に発売された「ウィンドウズ95」が、彼らインターネット第一世代の創業意欲に火をつけた。アジアの華僑社会で名だたる潮汕商人の血を引く馬化騰は、二七歳になったばかりの一九九八年一一月一一日、華強北のビルの四階に三〇㎡あまりのオフィスを借りて、テンセントを創業した。メンバーは同級生三人と、深圳電信データ通信局の職員だった()()(せい)を加えた五人である。


馬化騰テンセント創業者は「草食系経営者」


 馬雲が杭州でアリババを立ち上げるのは、それから四カ月後のことだ。一九九九年末には、アメリカでコンピュータ科学の修士号を取った()(げん)(こう)が帰国し、北京でバイドゥ(百度)を創業している。「BAT」と称されるIT企業ビッグ3が、いずれも二〇世紀末の同時期に創業していることは興味深い。


 だが馬化騰は、馬雲とはまるで正反対と言ってもよい性格の経営者である。また、テンセントの社風や歩んだ道のりも、アリババとはだいぶ異なっている。


 一九六四年生まれの馬雲は、前述のように、文化大革命と天安門事件という「二つの革命」を経験しており、革命家気質が強い。中国の政治家で言うなら、毛沢東、習近平に連なる破壊と創造型の経営者だ。これに、浙江省という貿易商人気質の風土、曲芸師の世界という家庭環境が加わる。日本風に言うなら、完全な「肉食系経営者」なのである。


 これに対し馬化騰は、文化大革命とは無縁で、天安門事件の影響も、経済特区の深圳に暮らしていたので、ほぼ皆無だった。中国の政治家で言うなら、「改革開放の総設計師」鄧小平と、その系譜を引き継ぐ李克強首相に連なる実務型の経営者だ。さらに、広東省という製造業の(たくみ)の気質と、地方公務員家庭という家庭環境が加わる。こちらは「草食系経営者」なのである。


 二〇一八年一月に深圳を訪れた時、この「二人の馬」と、それぞれ付き合いがあるという地元の銀行経営者と会食する機会があったので、二人の印象をたずねてみた。するとその経営者は間髪を入れず、「馬雲は『(バオ)(ファー)()(成金)で、馬化騰は『(ジー)(シー)(フェン)()(知識人)」と答えた。まさに言い得て妙である。


 例えば外出スタイル一つとってみても、馬雲はド派手な原色のラフな格好が定番で、馬化騰はいつもネクタイをきっちり締めた正装である。理想主義者の馬雲が口を開けば、含蓄ある、人間と自然の哲理を(とう)(とう)と説く。これに対して現実主義者の馬化騰は、通り一遍の自社の業務のことしか口にしない。


 その結果、いつも中国内外のビッグイベントに登壇している馬雲会長と異なり、馬化騰CEOは、深圳の騰訊ビル三七階の執務室で、まるで引きこもりのように早朝から深夜まで勤務している。そのため、深圳の著名経営者の中では、ファーウェイの創業者・任正非やDJIの創業者・(ワン)(タオ)と並んで、秘密のベールに包まれた三人の経営者と言われる。


 会社の経営スタイルも、アリババが馬雲という強烈な個性の「皇帝」に率いられた帝国であるとするなら、テンセントは各部門の責任者たちが寄り添う合衆国で、馬化騰は「象徴的国家元首」のようなものだ。


 テンセントの最高経営会議にあたる「総弁会議」は、二週に一度、朝一〇時から深夜まで続くが、馬化騰CEOは、十数人の幹部たちの調整役の立場を貫き、ほとんど聞き役に回っているという。

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