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自分に目覚める スピリチュアル旅へ 聖地巡礼、魂の故郷を訪ねて
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生き方・教養
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ii 聖地を巡り、さらに前世に気づく旅へ

『自分に目覚める スピリチュアル旅へ 聖地巡礼、魂の故郷を訪ねて』
[著]山川亜希子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:40分
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 世界には、聖地とか、エネルギースポット、パワースポットと呼ばれる土地が沢山あります。富士山のように昔から人々が崇敬していた山や海などの自然、イエス様や(ぶつ)()などが生まれた場所や修行した場所、奇跡が起こったといわれる場所、特別のエネルギーが噴出しているとされている場所、古代文明が起こった場所など、それこそ枚挙にいとまがないほど聖地と呼ばれる場所は世界中に数多く散らばっています。



 そのいくつかに私も旅行したことがあります。第ⅰ章で取り上げたエジプトやアッシジ、マチュピチュも聖地と呼ばれる場所です。そこに行った目的は、そもそも聖地であるエジプトやアッシジに行かなければならない、という心の声に従ったからでした。するとそこで自分の前世を思い出したり、一緒に行った人たちの前世につながる事件が起きたりしたのでした。


 特に聖地やパワースポットが好きなわけではありませんが、気がつくと、何回もそのような場所に足を運んでいます。そうした聖地について、思い出すままにご紹介します。



イスラエル




 初めてイスラエルに行ったのは、1989年でした。この時もアッシジ旅行を企画してくださった千坂さんに誘われて、夫と二人で出かけました。当時、私はイエス様からメッセージを受け取っていました。そのためにも、いつかイスラエルに行かねばと思っていたところでした。それに、その年の1月、3年間病気だった夫がやっと健康を取り戻し始めて、完全復活とは言えなくても、海外旅行が可能なほど元気になったからでした。


 この旅行は30人ほどの人たちと一緒でした。しかもほとんどの人が「安らぎ研究所」というグループのメンバーで、心や見えない世界を学んでいるというすごいグループでした。


 当時は、まだ冷戦時代で、ソ連の上空を西側諸国の飛行機は飛べなかったので、ヨーロッパに行くにはアラスカのアンカレッジ経由でした。まずベルギーに行き、そこでテルアビブ行きの飛行機に乗り換えて、出発の翌日の午後、やっとイスラエルに着きました。


 空港では日本人のガイドさんが出迎えてくれました。海辺にあるテルアビブから丘の上にあるエルサレムまで、ずっと上り坂が続きます。エルサレムに向かう間、ガイドさんが自己紹介と、簡単なイスラエルの説明をしてくれました。彼はエルサレムの大学に留学して聖書を学んでいる人でした。


 彼は最初に、「みなさんの中でキリスト教徒の方はいらっしゃいますか?」と私たちに質問しました。すると一人だけ、手を挙げました。しかも彼女はご主人を1年前に亡くされて、その時に洗礼を受けた、いわば新米のキリスト教徒でした。それを知って、ガイドさんはとてもほっとした様子でした。

「日本からここまではるばる来る人たちは、ほとんど(けい)(けん)なキリスト教徒なんですよ。だから、案内するにも、イエス様や聖書についていい加減なことは言えないのです」


 確かに、その頃はイスラエルに旅行するのは、(すじ)(がね)()りのキリスト教徒だけだったのでしょう。でも、私たちのグループは、心の世界に興味のある人ばかりで、キリスト教に詳しい人はほとんどいなかったのでした。


 私もイエス様からメッセージをもらっていると言っても、それは従来のキリスト教や聖書とはあまり関係なく、イエス様から直接、教えを受け取っているだけでした。だから、ガイドさんが聖書と違うことを話したとしても、誰もそれに気づかなかったでしょう。


 最初の2日間はエルサレムの観光でした。旧約聖書に出てくる遺跡や、イエス様について書かれた新約聖書に出てくる場所や教会などを訪ねました。とても覚えきれないほどに沢山ありました。しかもエルサレムはイスラム教の聖地でもあります。旧市街の真ん中には金色に輝くドームがあり、そこはイスラム教の聖地であるモスクでした。そしてその真下にはユダヤ教の聖地である「嘆きの壁」がありました。


 多くのユダヤ教徒が壁に向かって祈りをささげ、(どう)(こく)するように身体を揺すっていました。


 そしてエルサレムにあるイエス様所縁の場所といわれているところは全てキリスト教の聖地です。三つの世界宗教が一つの町を共有しているのでした。しかも互いに対立し合っていて、この地を巡って何回も戦争が起きています。小さな旧市街を取り囲んでいる城壁には、銃弾の跡が沢山ありました。イエス様は愛と平和を()いた人なのに、彼が人生の最後を過ごしたこの町は2000年後の今もまだ、憎しみと対立の場でした。


 2日目は、お天気が悪くて観光の途中で雨が降り始めました。私は傘を持っていなかったので、あまり防水の効かないゴルフ用のレインコートで雨を(しの)いでいました。この日は「ベセスダの池」からイエス様が十字架に磔になった「ゴルゴダの丘」にある聖墳墓教会までの、「悲しみの道(ヴィア・ドロローサ)」を歩くことになっていました。十字架を担いでイエス様が歩かされた道、といわれています。今は両側にお店が並ぶ狭い路地のような坂道でした。


 雨がかなりひどくなり、11月なので傘もなしに濡れながら歩くだけで、ひどくもの悲しくなりました。ああ、イエス様もこんな気分だったのだろうか? いやいや、こんなものではありませんよね。だって、先に待っているのは、十字架刑による死なのですから。


 でも、雨に濡れながらよろよろ歩いていると、イエス様の悲しみが私にこんな思いをさせているのかなあ、などと思ってしまいました。終点の聖墳墓教会の前は、人でいっぱいでした。さすがエルサレム、世界中のキリスト教徒が巡礼にやって来ているのでした。その人混みに交じって、私たちのグループも教会の中へと入りました。ここにはイエス様のお墓があるとされています。すると、私たちのグループの中に異変が起こりました。


 突然、私の後ろの方から、女性の美しい歌声が聞こえ始めました。知らない曲ですが、イエス様の死を(いた)むような静かで美しいメロディです。仲間の一人が自然に歌い始めたのでした。それに和する歌声も聞こえました。グループには一人しかキリスト教徒はいないのに。そして歌っているのはその人ではありませんでした。そのうち、私の隣を歩いていた仲間の青年が、よよと泣き崩れて一人では歩けないほどになりました。隣の私は彼を支えて引きずるようにして歩かせました。何しろ、後ろからもどんどん、人が歩いてくるので止まるわけにいかないのです。私には何も変なことは起きず、薄暗い教会の中で彼を支えながら、必死で前に進むだけでした。


 イエス様のお墓と言われる前を通り過ぎて、また教会から出て来ると、隣の青年は何ごともなかったかのように、普通に戻っていました。歌声もやみました。なんて、みんなドラマティックなんでしょう!!!


 他の欧米から来た人たちには、こんな反応を見せる人はいませんでした。彼らは私たちよりももっとイエス様を信じ、崇拝しているはずなのに。


 一体、私たちのグループには何が起こったのでしょう?


 ホテルに戻って、私は早速イエス様に質問しました。すると、私が雨に濡れてつらかったのも、教会で歌ったり泣いたりした人がいたのも、私たちがそのようなドラマティックな体験を望んでいたからですよ、と言われてしまいました。

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