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やせたい人の心理学
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生き方・教養
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第3章 あなたの本当の不満はどこにあるのか

『やせたい人の心理学』
[著]加藤諦三 [発行]PHP研究所


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今のあなたで十分美しい


 背の高い人を見て、我々は「もう少し低くなったら、もっと感じがよくなるわよ」とは言いません。また背の低い人を見て「もう少し高くなると、ずっと素敵よ」とも言いません。しかし太っていることと()せていることについては、どうしてこのようなことを平気で言うのでしょうか。あとで触れますが、体重にも生まれつきその人に適したセット・ポイントというのがあります。

 なぜ背の高さについてはそのように言わないかというと、一つには体重は自分たちがコントロールできますが、背の高さは自分たちがコントロールできないものという考え方があるからです。

 女性が幸せな生き方をするためには、自分の体重を受け入れるということが極めて大切なことのようです。

 無理に痩せようとしている二十四歳の女性がいます。決して彼女は太りすぎているというわけではありません。正常な体重です。しかし彼女は自分はもっと痩せなければ幸せになれないと思っています。

 自分の体重を[彼女が信じる理想の体重]にしようとダイエットをしているのです。努力していますが、うまくはいきません。自分の体重を[理想の体重]にしようとする努力は神経症者の努力です。カレン・ホルナイによれば、神経症者は自分の能力を実現することにエネルギーを使わないで、[理想の自我像=こんな人になってみたいという憧れの人]を実現することにエネルギーを使うそうです。
[理想の自我像]とは、自分がこうなりたいと願っている自分のことです。彼女の場合で言えば、[こんなに痩せた自分]です。つまり神経症者は今現在自分のできることをしないで、「あーなりたい、こーなりたい」と夢みたいなことばかりを言っているのです。彼女も毎日毎日「もっと痩せたい、もっと痩せたい」とそればかり考えて生きています。神経症になった彼女の無意識にあったものはなんだったのでしょうか。

 彼女が五歳のときに弟が生まれました。彼女は両親の関心が弟にいくのが面白くありませんでした。彼女の自然な感情は弟を(ねた)み、両親を憎みました。しかしそういう自分の感情を恐れました。自分が[悪い子]になって両親からいよいよ見捨てられることが不安だったのです。そこで彼女は両親に対する憎しみを心の底に追いやりました。その憎しみから目を(そむ)けました。そして実際の自分の感情を意識の外に追いやって[良い子]になって弟の世話をしました。

 両親は彼女のことには関心をはらいませんでした。弟の世話をするときだけ彼女は誉められました。彼女は弟の犠牲になっているときだけ両親の注目を得られたのです。いつも自分が犠牲にされることで、彼女の心の底には知らず知らずのうちに憎しみが溜まっていきました。

 彼女の両親に対する憎しみや弟に対する妬みは禁じられて、自分へと向けられるようになりました。両親を憎むことを自分に禁じたことで、彼女はその憎しみが自分へと向けられたことに気がつきませんでした。つまり彼女は自分を憎み始めたのでした。自分を憎むということは現在の自分に満足できなくなるということです。現在の自分を軽蔑するということです。

 自分を憎んでしまうとどんなに立派になっても自分に満足できません。「もっと、もっと」という気持ちに()き立てられます。彼女は現在の自分を憎み、もっと痩せなければ自分は幸せになれないと思いこむ人間になってしまったのです。どんなに痩せてもそれで満足するということはなくなりました。

 心理的に健康な人から見ると、無理に痩せたがる人はなんでそのように非現実的なほど高い期待を自分に課するのかと不思議に思います。なんでそんなに非現実的なほど高い期待をかけて自分を苦しめるのかと不思議です。今の自分で十分人生を楽しめるではないかと思います。心理的に健康な人には彼女たちがなんでそこまで痩せたがるのか理解できないからです。

 そしてそのような期待ゆえに悩んでいる人を見て、周囲の人はもっと自分への要求水準を下げるように忠告します。「今のあなたで十分美しいわよ。それで文句言ったら罰が当たるわよ」と忠告します。しかし太っていることで悩んでいる彼女たちは自分への要求水準を下げられないのです。

 太っていることで悩んでいる彼女たちは不可能なことをしようとしているのです。その非現実的なほど高い期待によって自分の心の悩みを解決しようとしているのです。非現実的なほどすらりと痩せたいのは、現実の自分を憎んでいるからです。彼女たちは元々悩んでいます。元々は太っているということと悩みとは関係がありません。悩んでいるのは心理的に成長することに失敗したからです。それなのにその悩みを痩せることで解決しようとしているだけです。
「すらりと痩せた私」が心の悩みを解決する唯一の手段と彼女たちが信じている限り、自分への非現実的な[理想の体重]への期待を下げることはできません。つまり痩せさえすれば悩みは解決されると思っているかぎり、どんなに痩せても悩みは解決しません。

 逆に彼女たちの心の悩みが解決されれば、人に言われなくても[理想の体重]への期待は現実的なものに下げられます。というより、自然と下がってきます。つまり彼女たちの心の悩みが解決されれば、今と同じ体重でも痩せたいとは思わなくなるはずです。もともとは太っていると悩んでいるのではなく、悩んでいるから痩せたいと願い出したのです。まず初めに自分に不満があったのです。まず悩みがあったのです。それを体重と結び付けただけのことです。

「もっとやせたい」は「もっと愛して」のサインである


 体重に限らず、自分に対する高すぎる要求水準は、自分に対する失望の反映です。自分に対する失望をそのままにして、高すぎる期待を下げようとしても無理です。自分に対する失望が[もっと痩せなくては]という強迫観念となって表現されているのです。自分に対する失望は小さいころ十分に愛されなかったことに原因があります。「もっと痩せたい」と言っている人は「もっと愛して」と言っているのです。

 非現実的なほど理想の体重になろうとすることで、彼女たちはどんな感情を味わうことを避けようとしているのでしょうか。なんの理由もなく突然非現実的なほど素晴らしく痩せたいという期待が出てくるわけではないはずです。非現実的なほど素晴らしく痩せている自分になろうとするにはそれなりの理由があるのです。
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