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「ありがとう」で奇跡が起こる! すべてがよくなる魔法の言葉
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生き方・教養
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Chapter 1 奇跡が起こる「魔法の言葉」

『「ありがとう」で奇跡が起こる! すべてがよくなる魔法の言葉』
[著]佳川奈未 [発行]PHP研究所


読了目安時間:52分
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“ありがとうパワー”の不思議な働きをみる!

「ありがとう」の魔法の秘密
この言葉がツキとチャンスと奇跡を起こす理由

感謝のきっかけは、辛い現実!?

「ありがとう」と感謝することの大切さと、そのことが運命を変えていくものになるのだということを私が初めて知ったのは、十八歳のときでした。


 まだ十八歳の純粋な少女だった私は、自分自身のことや、家族との関係や、社会やこの世の中のすべてのことに嫌気がさし、絶望を感じていました。


 とても感受性が強く、多感な年頃でもあったその頃の私は、自分自身の無価値観や、大人のズルさや、人間の中の(みにく)い部分や、社会の(けが)れを、どうしても受け止めきれず、もう、何も、誰も、信じられなくなっていたのです。
「こんな世の中にめちゃくちゃにされたくなんかない!」「こんな場所で生きていくには、もう、尼僧にでもならなくては、救われないのではないだろうか!?」「こんな(つら)い社会で生きていて、いったい何が幸せなのか!?」と、一人悶々(もんもん)とし、やりきれない気持ちを抱え、帰る場所を失い、深い孤独の中、思い悩んでいたのです。


 そして、思い悩んだ結果、ある尼僧さんのいらっしゃるお寺さまに駆けこんだのです。
「もう、生きていたくない!」と。

 そこで、尼僧さんから最初に教えられたことこそ、この“感謝をする”ということでした。


 駆けこんだお寺さまでは、優しいお顔で、あたたかい声で、尼僧さんがこう言ってくれたものです。
「何があったのか、ぜんぶ仏さまの前で話してごらん。ぜんぶぜんぶ聞いてくださるから」


 私は、両親の離婚や、のちに母のパートナーとしてやってきた男性からひどい仕打ちを受けていたことや、ちりぢりバラバラになった私と妹と姉のことや、また、病弱だった自分の体のことや、仕事のことや、辛いことの数々をあれこれ話したのです。

 そのときの悲惨な状況や、大人や社会に対する許せないものを、涙ながらに訴えたのです。


 尼僧さんは、私の話のすべてが終わるまで、私の涙が()れ果てるまで、じっとそばに座って、黙ってうなずきながら話を聞いてくれていました。そんな姿を見て、私はこう思ったのでした。
「この人なら私の味方をしてくれるに違いない」
「この人なら私を理解し、悪い人たちを成敗(せいばい)してくれるに違いない!」

 そして、頼りになる人は、もうこのお寺の尼僧さんしかいない! という思いで、そこにいたのです。


 話を聞いてくれた尼僧さんが、私をかばうためにどんな素敵な言葉をかけてくれるのかと、私は、涙のあと、尼僧さんの顔を見つめて、口を開かれるのを待っていました。

 ところが、尼僧さんの口から出た言葉は、たった一言、こうでした。
「あんた……感謝をしいや……」

「えっ!?

 私は、その意外な一言にとても驚きました。まだ十八歳の世間知らずの少女だった私には、その言葉の意味がまったくわかりませんでした。

“この人は、いまの私の話を聞いてくれていたのか!?”と、一瞬、疑いたくなるような感じでした。私は、そのとたん、“この人も私をわかってくれない!”という激しい怒りのようなものと、深い悲しみが一緒になったような、なんともいえないやりきれなさを感じたのです。そして、再び絶望に襲われ、またも泣きながら、こう訴えてしまったのです。

(あま)さま、いまの私の話を聞いてくださっていたでしょ!? 私は、こんなにも辛い目にあってきたというのに、なぜ、私がそこで感謝を?

 誰に? 何に対して感謝をするんですか?


 だいいち、私のいまのすべてには、何も感謝することなどありません! こんな辛くて悲しい現実のどこに、感謝することがあるのですか!?

 と、尼僧さんを責めるような言い方をしてしまったのです。若気(わかげ)の至りで。

 すると、尼僧さんは、おだやかにこうおっしゃったのです。

「なんでも、ええんや。とにかく、感謝をせなあかん。あんたにひどいことをしてきたお母さんのパートナーの男性にも、そこで起こっている問題をちゃんと見られないあんたのお母さんにも、自分自身にも、いまの暮らしにも、この社会にも、すべてのことに感謝をせなあかん」


 私は、その言葉に納得できませんでした。だから、続けて、こう言ったのです。
「なぜですか!? 弱い立場の私に対して、いくらでもひどいことをしてくる人に、むしろ、向こうが私に謝ってきてもいいようなこんな状態の中で、そんな許せない人たちやこんな環境に感謝するなんて、そんなむずかしいこと、私にはできません!」


 すると、尼僧さんは、いちだんと低い声でこうおっしゃったのです。
「ええか……誰か一人が賢くなったらええんや。一人賢い者がそこに出てくるだけで、まわりがより良く変わっていくんや。あんたが先に、誰よりも先に、仏さまのようになればええんや。わかるか?

 許してあげなさい……いや、許せなくてもいいから、感謝をしなさい……。


 自分が生まれてきたのはこの母親がいるおかげや、自分がごはんを食べられるのもこの母親がいるおかげやと、まずは自分の親に感謝してみなさい。


 どんなに非難したくなるような部分のある親であろうとも、なんといっても、あんたをこの世に生んでくれた、たった一人の親や。だから、感謝をせなあかん。


 そして、お母さんと別れた本当のお父さんにも感謝して、あとからやってきたその男性にも感謝をしてみなさい。口に出して言わなくてもいいから、心の中で手をあわせて、“感謝します”と、“ありがとうございます”と、(とな)えてみなさい。そうしたら、すべてが良くなるから」

 尼僧さんは自分の中の慈悲深さをこれでもかと、ふりしぼるかのように私をまっすぐ見つめて、そう言ったのです。

“ありがとう”は、幸せを運ぶ魔法の言葉


 それでも私には、まだ意味が理解できませんでした。その話を理解するのは、とても困難なことのように思えました。納得できなかったというか、理解のしかたがわからなかったのです。まだ十八歳の私には……。


 なぜ、ひどいことをされている側の私が感謝をするのか!? と。

 理不尽に感じる親に感謝!?

 なんでこんな“幸せのない場所”にいて、「生んでくれてありがとう」と言えるのか? と。むしろ、お寺さまへ来て、よけいに悲しみがわきあがったような気持ちにさえなっていたのです。


 そのとたん、突然、私は号泣(ごうきゆう)し、尼僧さんにこう訴えていたのです。

「何も知らないから、尼さまはそうおっしゃるんです!

 私のことが邪魔だということを大人たちは話しあっていて、私は“やっかいもの”“いらない子”として扱われているんです! よそへ預けられるために連れていかれた先で、そのことを聞いてしまったんです。

 その大人たちの会話を聞いて、いっそ、消えてしまいたい! と、何度思ったかわかりません。なぜ、親に必要とされないのに、私は生まれてきたんですか!?


 この世の中の他の人たちには、あたりまえのように両親がいて、あたりまえのように可愛(かわい)がってもらえるのに……どうして……どうして、私だけが!?

 私にはそんなあたりまえのふつうの幸せさえないのに、そんな中で、どんなふうに感謝しろと言うのですか!?


 しかし、尼僧さんは、私が何度ああだこうだと訴えても、「感謝しなさい」としか言わないのです。そして、私がやりきれない顔をして、がっくりと肩を落とし、
「もういいです……」

 と、帰ろうとしたとき、
「座って、聞きなさい……」

 と、続けてこうおっしゃったのです。

「感謝するとな、その人たちに通じる前に、まず、神様に通じる。

 あんたの唱える感謝の言葉が光の柱になって、天にまっすぐ届くようになる。


 すると、神様が、“感謝する心”“慈悲深さ”を持ったあんたをすぐに見つけに来る。つまり、後光(ごこう)が差すような状態になるということや、この感謝をする人というのは。


 そしたら、そんな人を見つけた神様は、守ってあげようと働いてくださる。

 影の形に寄り添うがごとくに、あんたのそばにくっついて、いつも守ってくれるようになる。


 人間、自分にええことをしてくれた人になら、人に言われなくても、誰でも『ありがとう』と言ったり、感謝したりできるもんや。しかし、それでは、なんの修行にもならへん。

 わかるか? あんた、幸せになりたいんやろ?

 いまより、ええ暮らしをしたいんやろ?


 それなら、まぁ私の言うことをいっぺん聞いて、素直に“感謝”をやってみてほしい……。絶対に良くなる! 絶対にあんたの人生がみちがえるようになる。


 辛抱(しんぼう)や。もうすぐ一人で生きられる大人にもなれる。あと少しの辛抱や……辛抱の上には花が咲く。

 花を咲かせる人生は、ええもんや。それがあんたのためになる。

 それをやりとげた人を、今度は、神様がほっといたりしないんや!

 救って、救って、加護(かご)して、加護して、幸せの宝船をあんたの前によこすようになるから」


 それを言い終えると、尼僧さんは、大日如来(だいにちによらい)さまとお不動(ふどう)さまと観音(かんのん)さまとお大師(たいし)さまのあるお堂のほうにくるりと体を向きなおして、
「神様、仏さま、聞いてくださっていましたか。見てくださっていましたか。今日からこの子がまずその家で賢くなります。悟ります。

 だから、守ってあげてくださいよ。約束でっせ。頼んます!」

 と、チンチンとお(リン)を鳴らして言ったのです。


 そのとき、私は、不思議なあたたかい風のようなエネルギーを体中にふわりと感じて、その瞬間、尊い何かに包まれたような気がしました。
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