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「ねばり」と「もろさ」の心理学 逆境に強い人、弱い人
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生き方・教養
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はじめに

『「ねばり」と「もろさ」の心理学 逆境に強い人、弱い人』
[著]加藤諦三 [発行]PHP研究所


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 何もする気にならない時がある。何をするのもおっくうなのである。どこへ行くのもおっくうである。何か大切なものをなくしてしまう。忘れ物をする。捜す努力をすればいいのに、もういいやという気持ちになる。何か交渉事をする。少し頑張ればもっと条件がよくなるのに、もういいやという気持ちになり、悪い条件で諦めてしまう。

 少し調べてから仕事に取り掛かればいいのに、それが面倒なのである。調べないまま取り掛かってしまう。座っていてもどうにもならないと頭で分かっていても行動するには体が大儀なのである。やがて何をするのも面倒になる。或いは何かものを買おうとする。もう一軒お店を見てから決めた方がいいと分かっていてもそれが面倒くさくて、今いる店で相手の言いなりの値段で買うことを決めてしまう。

 人が前向きなアドバイスをしてくれる。こんなことをしたらいいのではないかと提案してくれる。提案を批判するのにはなぜかおっくうでないのに、それを実行するのはおっくうである。その提案通りに実行した方がいいと頭では分かっていてもどうしてもする気力が出てこない。そこでついついその提案を実行しても意味がないということを言いたくなる。

 或いは一旦ことが始まってから、今しているそのことを変えた方がいいと分かっても、なかなか変える気力が出てこない。このまま進めない方がいいと頭で分かりながら、変えるのが面倒くさくてずるずると既定の方針通りにことを進めてしまう。

 何か些細な失敗をする。すると[あーもうどうしようもない]と心理的にパニックに陥る。落ちついて考えてみればたいした失敗ではないのに事態を対処不可能に感じる。

 本文中にも書いたが、日常生活で欲求不満を解消しようとすれば、解消出来るのに、活気を失ってただ座って、いつまでも欲求不満のままでいる人がいる。不満を解決するための努力をするのがおっくうなのである。

 こんなことが時々あるのならいいが、それが性格のようになると問題である。そんなこんなで愉快に生きようとすれば愉快に生きられるのに、そのための努力が面倒くさくて、いつも不満なまま一生を終る人がいる。

 この無力感、絶望感について私はかねて興味を持っていた。その私にいろいろと教えてくれたのはセリグマンとランガーである。セリグマンは著作によってであるが、ランガー教授は直接に教わった。従ってこの二人の名前はこの本の中によく出てくる。

 ハーバード大学に研究員として滞在していた時にランガー教授に出会い、大学院のゼミにも参加させてもらった。たまたまそのゼミでは、セリグマンの著作は重要文献として議論の対象になった。

 本文中にいろいろと詳しい実験を紹介するが、ここでごくごく大ざっぱに言うと、逃避不可能な電撃を経験した鼠は欲求不満を解消出来ない。同じ欲求不満な状態でも、それを飛び出して欲求不満を解消する鼠もいるし、ただ座り込んでしまう鼠もいる。人間も同じところがあるのではないだろうかと考えたのが、この本を書く強い動機である。

 本文中セリグマンとカレン・ホルナイをつなぐものとしてhelplessness(頼りない、無力感を持つ、ふがいない、絶望する、どうしようもない、手が付けられないなどの心理を指す)という単語をあげている。セリグマンはこの題をつけた著作があるし、カレン・ホルナイも不安からの対処の仕方の結果としてこの心理に陥ると述べている。これがこの本の中心課題である。今までの著作で繰り返しカレン・ホルナイについては触れてきた。この著作は今まで書いてきたテーマの延長線上にセリグマンをすえて書いたものである。

 この本は単なる人間の絶望、無気力、おっくうの心理的原因の解説書ではない。無気力になる傾向を持つ人が、どうしたらそこから抜け出して元気に生きられるかという視点を持った本である。無気力になる傾向を持つ人の中に私も入っている。私自身も無力感、絶望感に苦しめられた人間である。私自身やれば出来ることをしないで、[そんなことしてみてもあまり意味がないのではないか]と単に議論だけしているという傾向がある。実際に何かをするよりも、しても意味がないのではないかと議論している方が楽であるから。

 本を書く場合でも、あるテーマで書けるかも知れないという時に、そのテーマの資料を捜してもあまり意味のあるものは見つからないのではないかと議論している方が、実際に捜して書くよりも心理的に楽である。あるものを実際に売るよりも、努力しても売れないのではないかと議論している方が心理的に楽である。売ることの難しさを議論している方が売る努力をするより心理的に楽である。ある難しい交渉をするよりも、その様な交渉をしてもあまり成果があがらないのではないかと議論している方が、心理的に楽である。つまりそういう人は交渉をしないで現状に甘んじる方を選んでしまう。あるものを捜すよりも、ないままで済ましてしまう。結果は人生の舞台が狭くなるばかりである。

 希望を持つことがいかに大切かは、セリグマンの本の次のような解説で分かる。精神病の施設である。一階は迅速に退院することを期待出来る階である。三階は慢性的で絶望的な患者の住む階である。内装工事で三階のある婦人の患者が一階に移された。やがて病棟のスタッフを驚かせるような反応をするようになった。しかし内装が終って三階に戻るとやがて絶望して死んだ。

 この本が三階から一階への案内になることを望む。
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