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旅は人生 日本人の風景を歩く
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旅行
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姨捨山考……長野県・冠着山

『旅は人生 日本人の風景を歩く』
[著]森本哲郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:16分
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 深沢七郎の小説『山節考(ならやまぶしこう)』を読んだときの強烈な印象は、いまなお、ぼくの心に深く焼き付けられている。初めて、ぼくがこの作品に接したのは、四十年前、一九五六年十一月号の『中央公論』に、「中央公論新人賞」第一回当選作として掲載されたときのことだった。ぼくが三十一歳の誕生日を迎えて間もなくのころである。

 姨捨(おばすて)伝説に材をとったこの小説は、高齢化社会を迎え、老人介護といった問題が真剣に議論されるようになった現在の状況のなかで読み直せば、いろいろな意見も出て来よう。しかし、伝説になまなましい現実性を与え、しかも、それを詩的とさえ言えるような、それでいて、さりげない描写と叙述で文学作品に仕上げた作者の筆に、ぼくは激しい衝撃を受けたのだった。いや、いまでも、ぼくはこの作品を戦後文学の白眉と思っている。

 冒頭の書き出しから見事である。その舞台を、わずか二十余字で、見事に描破しているのだ。

──山と山が(つらな)っていて、どこまでも山ばかりである。


 その信州の山のなかにある「(むこ)う村」のはずれに、主人公の老女おりん(ヽヽヽ)の家はあった。家の前に(けやき)の大きな切株があったので、村の人たちは、おりん(ヽヽヽ)の家を「根っこ」と呼んでいた……というのである。二十年も前に亭主と死に別れたおりん(ヽヽヽ)は、今年六十九歳になったが、生来、身体が丈夫で、ことに歯は、一本も(そこ)なわれていなかった。普通なら、それは老人の自慢の種であろうが、この村では、そのような歯は何とも恥ずかしいことなのだった。というのは、七十歳になれば、いやでも「山」へ行かなければならないのに、そんな年齢(とし)になってまで、真っ白な歯並を見せているのは、老人らしからぬ、つまり、“(ならやま)行き”にふさわしくない(てい)たらくだ、とみなされていたからだ。

 そこで、おりん(ヽヽヽ)は、人の見ていないあいだに火打石で前歯を叩き、しまいには「石臼のかどにがーんと歯をぶっつけ」口の中を血だらけにして前歯をへし折る。これで“山行き”の条件のひとつが満たされたわけである。

 しかし、村には「山行き」を、必死で拒否する老人がいないわけではない。けれど“(おきて)”は“(おきて)”である。その場合は家族や村人たちが、いやがる老人をむりやりに縄でくくって「お山」へ連れて行き、深い谷底へつき落してしまう。「向う村」にも、そんな老人がいた。おりん(ヽヽヽ)は夢中で抵抗する爺さんを、あわれに思うとともに「馬鹿な奴だ!」と、そのあきらめの悪さに(あき)れる。彼女は年内にも「お山」へ行くことを決意していたのである。村人に(うし)(ゆび)さされないように準備万端ととのえて。

 だが、一人息子の「辰平(たつへい)」にとって、母を背負い、「山」へ入って行くことは、悲しい、この上なく(つら)い役割だった。ともすればひるむ優しい息子を、おりん(ヽヽヽ)叱咤(しつた)し、年が暮れる前に「お山行き」を決行しようとする。
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