読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1241571
0
中国詩境の旅
2
0
0
0
0
0
0
旅行
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
杜牧が残夢(揚州・長江)

『中国詩境の旅』
[著]森本哲郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:18分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ






 列車で南京から揚州(ようしゆう)へ向った。出来得れば武昌(ぶしよう)から長江(ちようこう)を舟でくだって揚州へ旅をしたかったのだが、そうはいかなかった。私は幅広い軟座車(なんざしや)の心地よい座席でうつらうつらしながら夢を見ていた。列車がいつの間にか長江をくだる舟になっていた。私は李白の詩のなかにいた。

故人西辭黄鶴楼 故人西(こじんにし)のかた黄鶴楼(こうかくろう)()
烟花三月下揚州 烟花三月揚州(えんかさんがつようしゆう)(くだ)
孤帆遠影碧空盡 孤帆(こはん)遠影碧空(えんえいへきくう)()
唯見長江天際流 (ただ)見る長江(ちようこう)天際(てんさい)に流るるを


 まさに烟花(えんか)三月だった。私は南京で(おう)さんに別れ、揚州にくだりつつあるのだ。空想とはいい気なものである。駅頭で送ってくれた王さんを李白だとすれば、私は李白が敬愛し「風流天下に聞こゆ」と讚辞を贈ったあの孟浩然(もうこうねん)ということになる。というのは、前記の詩は武昌の長江のほとりの黄鶴楼で広陵(こうりよう)(揚州)へ行く孟浩然を李白が送ったときの別れの曲なのであるから。

 それにしても李白は何と広大な風景をうたいあげていることか。孤帆がしだいに遠ざかり、ついには碧空に吸いこまれてしまう。そして帆影(はんえい)が消え去ったあと、天と水とが接するはるか彼方の天際に揚子江の水がゆったりと流れてゆく、というのである。
「お茶いかがですか」と、となりにすわった(りゆう)さんが座席の前にしつらえてあるテーブルの茶碗(ちやわん)にお茶を注いでくれる。窓外にはようやく芽ぶきはじめた楊柳(ようりゆう)の淡い緑がつぎつぎに流れ去る。私はまだ夢のなかにいる。
「劉さん、ぼくはいま孟浩然の心境でね」
「え? 何ですか。モウコウネン?」

 私が説明すると劉さんは笑って、
「しかし、その詩は中国語で読まないとリズムが狂ってしまいますね」といった。

 たしかにそうなのであろうが、漢詩というのは日本語で読み下してもそれなりのリズムがある。いったい、いつ、だれがこのような読み下し方を工夫したのであろう。私はあらためて日本人の器用さにおどろく。

 故人(こじん)西ノカタ黄鶴楼(こうかくろう)()シ、烟花三月揚州(えんかさんがつようしゆう)(くだ)ル──と私は口のなかでもういちど小声でつぶやいてみる。こうした日本語の句調は短歌や俳句に見られるあの五・七のリズムではない。ことさら音律に心を配った訳文のようにも思えない。にもかかわらず、この口調はやはり一種独特のリズムを持っている。そのリズムは中国語のそれとは(はる)かに(へだ)たっているかもしれない。けれども日本人は中国語本来のリズムを別のリズムへと置きかえたのである。最近、漢詩の現代詩ふうの訳も見られるようになったが、私にはどうも馴染(なじ)めない。中国の詩はやはり日本古来からの独特な読み下しのほうがぴったりくる。

 私は熱いお茶を静かに飲みながら、こんどはこれから訪ねる揚州の情景をあれこれと思い描いた。揚州といえばすぐ思い浮ぶのは晩唐の詩人杜牧(とぼく)である。彼は三十一歳のとき、役人として揚州へ赴任した。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:7474文字/本文:8809文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次