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(2021/11/26 追記)

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中国詩境の旅
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旅行
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ささやかな桃源郷(蘇州・滄浪亭)

『中国詩境の旅』
[著]森本哲郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:19分
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(うめ) (しろ) (きのふ) (つる) (ぬすま) し   芭


 蘇州(そしゆう)
「きょうは庭を見て歩きましょう」と劉さんがいった。水の都、蘇州は庭の都でもある。留園(りゆうえん)西園(せいえん)拙政園(せつせいえん)が三大名園といわれているが、そのほかにも怡園(いえん)獅子林(ししりん)南園(なんえん)網師園(もうしえん)そして滄浪亭(そうろうてい)と枚挙にいとまなく、むろん虎邱(こきゆう)も逸するわけにゆかない。
「どこからまわりましょうか」と私。
滄浪亭(そうろうてい)から始めましょう」と劉さん。

 私たちは白壁に沿って歩き、堀にかかる石橋を渡って、まるで四曲の(びようぶ)のように立っている大きな石の門をくぐった。

 ここはもともとは呉越(ごえつ)王、(せんりょう)池館(ちかん)だったそうである。それがすっかり荒れ果てていたのを、その後、北宋の詩人蘇舜欽(そしゆんきん)子美(しび))が四万銭で買いとって「滄浪亭(そうろうてい)」と名づけ、新たにすばらしい庭園に仕立てて風月を愉しんだという。四万銭という金額がいまのどのくらいにあたるのか知らないが、とにかくかなりの額であったことはまちがいあるまい。彼は豪放というか奔放というか、たいへんな豪傑だったらしい。容貌(ようぼう)魁偉(かいい)でみずからおのれの顔つきをこううたっている。

「鉄の(かお) 蒼き(ひげ) 目に稜有(かどあ)り 世間の児女見(じじよあ)えば()べからく(おどろ)くべし」
(吉川幸次郎訳) 


 祖父は宰相、義父も宰相という家柄で、彼自身は進士に合格し、将来を大いに期待されていたエリート官僚だったのであるが、つまらぬことで失脚し、追放されてしまった。つまらぬことというのは、役所の古紙を売ってその金で宴会を開き、芸妓をあげて大騒ぎしたことである。官職を解かれて追放されるほどのことでもなさそうだが、政敵に公金横領と弾劾(だんがい)されて足をすくわれてしまったのだ。追放の憂き目にあった彼は、やがて蘇州にやってきて、ここに住みつく。そのいきさつを彼自身、『滄浪亭の記』に書いているが、それによると、ある日、彼は蘇州をぶらぶら歩いていたとき大きな池を(よう)した小高い丘を見つけ、仔細(しさい)に検分してみた。

──池のそばの雑多な花やみごとな竹の間におぼつかない小路を見つけたので、東へ数百歩たどっていくと、空地があって、縦横五六十(ひろ)(一尋は八尺)ばかり、三面みな水である。小橋の南は、そのへんの土地がますます広く、近くには人の住居は無く、左右はみな林をなした木によりおおいかくされている。この土地のことを古老に尋ねてみると、呉越国の(せん)氏が国土を所有していた時代に、近い縁者の孫承祐(そんしようゆう)の池のそばの屋敷であったということである。

 私はここが気に入ったのでしばらく立去りかねた。そこで四万銭を出してここを手に入れ、あずまやを北につきでた端にかまえ、滄浪(そうろう)と名づけた。前は竹で後は水、水の北側はまた竹で、はてしがなく、澄んだ水面にみどりのみきが映り、光と影とが軒と戸の所であいまじわり、風月自然のおもむきを楽しむには、かくべつに適当な所である。
(『滄浪亭の記』入谷仙介訳) 
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