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中国詩境の旅
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旅行
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白楽天と蘇東坡の堤(杭州・西湖1)

『中国詩境の旅』
[著]森本哲郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:18分
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 西湖(せいこ)を見おろす宿舎の一室で、私は窓ぎわに椅子(いす)を置き、劉さんと並んで、橋のように西湖を区切るふたつの(つつみ)をながめていた。白堤(はくてい)蘇堤(そてい)である。白堤は詩人白楽天(はくらくてん)が築き、蘇堤は詩人蘇東坡(そとうば)がつくった。そのふたつの堤が雨に煙っている。雨脚(あまあし)はときおり激しく、堤を行く人は(かさ)をすぼめて早足に渡る。
「どうです、思いきって出ましょうか」と私は劉さんにいった。
「いや、もうすこし待ちましょう。いくらなんでも、この雨では……」と劉さんは二の足をふんだ。たしかにこの雨のなか、西湖をひとめぐりしたら、ずぶ濡れになって風邪(かぜ)をひいてしまうだろう。いくら春雨といっても。

 私は雨を恨みながら、恨むのは筋違いだと思い直した。西湖に舟を浮べようとして雨にあうのは、むしろ僥倖(ぎようこう)というべきではないか。これこそ、芭蕉の詩境だからである。

 芭蕉はつねに西湖を夢みていた。だが、彼にとって、西湖を訪ねるなどということは夢のまた夢だった。そこで彼は奥の細道へ旅立ち、「扶桑(ふさう)第一の好風(かうふう)にして、(およ)洞庭(どうてい)西湖(せいこ)を恥ぢ」ぬ松嶋に舟を浮べ、「江山水陸(かうざんすいりく)風光(ふうくわう)數を(つく)して」象潟(きさがた)方寸(ほうすん)を責めたのである。こうして日本の風景を嘆賞しながらも、彼の心にかかっていたのは、洞庭であり、西湖だった。それはつぎの文章からも充分にうかがうことができる。

──酒田の(みなと)より東北のかた、山を越え(いそ)(つた)ひ、(いさご)をふみて、其の(きは)十里、日影(ひかげ)やゝ(かたぶ)(ころ)汐風真砂(しほかぜまさご)を吹き上げ、朦朧(もうろう)として鳥海(てうかい)の山かくる。闇中(あんちう)莫索(もさく)して、雨も又奇也(またきなり)とせば、雨後(うご)晴色(せいしよく)頼母敷(たのもし)きと、(あま)苫屋(とまや)(ひざ)を入れて雨の晴るるを待つ。()(あした)天能(てんよ)()れて、朝日(はな)やかにさし(いづ)(ほど)に、象潟(きさがた)に舟を浮かぶ。
(『奥の細道』) 


 西湖の面影を胸に抱きながら磯づたいに象潟まできてみると、象潟は雨で、鳥海山も雲にかくれていた。だが、芭蕉は雨を恨むどころか、「雨も又奇也(またきなり)」といって、苫屋(とまや)で一夜を明かしたのである。しかもそれは、西湖をしたって蘇東坡の詩に想いを馳せてのことであった。蘇東坡は西湖をこう詠んでいるのだ。

水光瀲晴方好 水光瀲(すいこうれんえん)として晴れて(まさ)()
山色空濛雨亦奇 山色空濛(さんしよくくうもう)として雨も()()なり
欲把西湖比西子 西湖(せいこ)西子(せいし)()せんと欲すれば
淡粧濃抹総相宜 淡粧濃抹総(たんしようのうまつす)べて相宜(あいよろ)


 晴れた日にさざ波が光る西湖の景色はすばらしいが、まわりの山が雲に包まれて煙る雨の日もまた捨てがたい。西湖をあの美人の西施(せいし)にたとえてみれば、薄化粧もよく、厚化粧もまた美しいというようなものではないか──というのである。
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