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中国詩境の旅
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旅行
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月骨髄に入る(旅のおわりに)

『中国詩境の旅』
[著]森本哲郎 [発行]PHP研究所


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 異国といっても、中国を旅するときに受けるさまざまな印象は、他の国を旅したときの感じと何か本質的にちがうような気がする。端的にいうなら、中国は異国のように思えないのである。ということは、それほど日本は中国の文化を骨身(ほねみ)にしみて摂取(せつしゆ)したということであろう。たとえば、こんなふうに。

(ふゆ) () (つき) (こつ) (ずい) (いる) () (かな)   几
(この) () (ろう) () (さむ) (はらわた)        蕪


 これは蕪村が弟子の几董(きとう)と巻いた歌仙「桃李(ももすもも)」(冬木だちの巻)の発句(ほつく)脇句(わきく)だが、この情景はそのまま日本と中国との文化的な紐帯(ちゆうたい)をはっきり描いているといえまいか。寒月の光が耿々(こうこう)枯林(こりん)を照らしている。冬木立(ふゆこだち)()え渡るその月の光は、まるで骨身にしみとおるようだという几董の発句に対して、蕪村はただちに、このような句境こそ詩人杜甫(とほ)のあの()(こお)ったような詩膓(しちよう)を表現している、と受けたのである。月光が骨髄(こつずい)に入るその骨髄とは、冬木立の骨髄であるとともに、それを見つめている作者の骨髄でもある。そして、それはまた杜甫の骨髄でもあろう。ここにはもう異国の詩人という意識はない。老杜(ろうと)の詩境はそのまま日本の俳人の詩魂へと通じているのだ。

 日本が中国の文化を受け入れ、学びつづけて、すでに千数百年の歳月が流れている。この間に日本は中国文化をすっかり日本化した。多くの漢語はいまや日本語となり、思想も詩情もいつの間にか日本特有のものになった。とうぜん、そこには表面的な理解にとどまったものもあるし、誤解や勝手な改釈(ヽヽ)もあった。だからこそ、日本人は中国文化に学びつつ日本独自の文化をつくりだすことができたのである。もし一から十まで中国の文化をそっくりそのまま踏襲(とうしゆう)したなら、日本の文化は中国のそれと何のえらぶところないものになっただろう。そう思うと、むしろ異文化に対する誤解や勝手な解釈こそが独自の文化創造のカギといえるような気がする。

 日本人が中国を旅して、他の外国と本質的に異った印象を焼きつけられるのは、じつは中国が前述のような意味で日本文化の母胎であり、日本的心情のヒンターランドといってもいいからである。中国を旅するたびに私が深く心に刻まれるのは──というより、おどろかされるのは、これまで私が日本的だと思っていたものが、じつは中国的なものであったり、中国的なものと考えていたものが、意外に日本的なものであったり、という発見である。むろん、前者のほうが(いちじる)しい。私はいまさらのように中国文化の濃い影を日本の心のなかに見つけて黙考せざるを得なかった。


 中国文化は漢字文化である。漢字というものがどれほど中国の文化に大きな役割を果しているかは、中国の街をちょっとでも歩けば、すぐに感得できる。むろん、文字はどんな文化にあっても重大な役目を(にな)っている。けれども中国におけるほど文字が主役を演じている国は、ほかにないといってもいい。
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