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[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365 運命を生かす
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ルポ・エッセイ
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『[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365 運命を生かす』
[著]松下幸之助 [編]PHP研究所 [発行]PHP研究所


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運命についての松下幸之助の見方・考え方



 自分と他人とは、顔も違えば気性も違う。好みも違う。それでよいのである──という松下幸之助の言葉には、人間同士、お互いがそれぞれの“違い”を百花繚乱の豊かさとして感じとり、誰もがそれぞれに光り輝いて、ともに栄える、そんな楽土の建設を願う幸之助の真情が息づいています。松下電器(現パナソニック)の事業経営においても、根底にこの理想がありました。


 けれども、世間の多くは、幸之助が抱いたそうした純粋な理想より、事業家として大金持ちになりえた秘訣に、強い関心をもったようです。実際、何度も高額納税者番付で日本一になっている幸之助は、成功の理由を問われるのが常でした。そんな質問にある時、幸之助は、「世の中のすべては、天の摂理で決まるのが九〇%、あとの一〇%だけが、人間のなしうる限界」だという考えを披露します。


 もっと具体的な答えを聞き手は期待していたことでしょう。しかし幸之助が幼少の頃から人一倍の苦労を重ね、その上で、事業経営に成功をおさめた人間だったことを知ると、この発言の真意が見えてくるのではないでしょうか。


 父の散財で家産を失い、九歳から丁稚奉公を経験。生来、身体が強くなく、会社に就職して真面目に働いていたのに、体を壊し、故郷での養生を医者に勧められる。独立後も、妻が質屋通いをしないと明日の生計すら危ういほどの極貧生活──。誰が見ても不運で不安だらけのスタートに、自らの運命はもう決まっていて、自分の意志と努力ではどうすることもできない、と悲観的になったとしても不思議ではないでしょう。


 にもかかわらず、若い頃の幸之助は、諦めるという考えにはいたらなかったといいます。そして、日々の仕事に最善を尽くす中で、事業は大きくなり、次第に電気製品を通じて社会を豊かにするという確たる使命感を抱くようになりました。その過程で、多くの人に出会い、助けられ、結果として、“成功”をおさめることになっていくのです。

「どうにかなる一〇%を努力すれば、その一〇%は非常な効果がある」「一〇%なり二〇%の人事の尽くし方いかんによって、自らの八〇%なり九〇%の運命がどれだけ光彩を放つものになるか決まってくる」とも幸之助は述べています。まさに実体験に裏打ちされた見方・考え方だといえるでしょう。


少年期の体験──「勇ましい高尚なる生涯」と出会う



 幸之助が、多くの人との出会いに助けられたという例を、丁稚奉公時代で見てみましょう。向かいの家の子が学校に通う姿をうらやましく見送りながら、幸之助は毎日、仕事に精を出していました。勤め先の自転車店の主人・五代音吉とその夫人はずいぶん目をかけてくれました。最大の恩人です。


 そして幸之助は、音吉の兄であり、幸之助の父・政楠が勤める私立大阪盲啞院の院主で五代五兵衛という人物と出会うことになります。


 数え年十六歳で目が不自由になった五兵衛は、五代家の長男として、音吉ら弟妹と母親の面倒を見る勤勉な男でした。あん()業を営んで生活の糧を得ていたのですが、しかしこの苦労人はただ漫然とその仕事を行なっていたわけではなく、仕事を通して築いた信頼と人脈で、土地家屋の周旋をするようになるのです。その才を存分に発揮すると、次は、自分と同じような目の不自由な人たちの役に立つ事業に取り組みます。大阪に初めて盲啞院を設立したのです。明治三十三年のことでした。


 この五兵衛への尊敬の念を、幸之助は生涯失いませんでした。自転車店にたびたび訪れた際、誠実な熱意があれば、磁石のように周囲の人を引き寄せ、助力が得られるといった人生の考え方や生き方について、いろいろと教え諭されることがあったと後年、語っています。


 明治期の高名な思想家で実業人でもあった内村鑑三がいう「勇ましい高尚なる生涯」を、五代五兵衛は、次代を生きる幸之助に見せてくれたに違いありません。お金でも事業でも思想でもなく、誰もが遺せる生き方という「後世への最大遺物」を、幸之助の感性はしっかりと受けとり、他の多くの学びとともに、自らの人生に生かしていったのです。


運命に優遇される人になるために―本書の活用方法―



 自分がおかれた境遇を素直に受け入れ、その運命を生かして前向きに生きる人物と、少年期に出会えることは幸運の最たるものです。逆境と見える境遇が、幸之助にとってはそうでなく、「順境もよし、逆境もまたよし」と言いえたのは、そうした「心の体験」の連続から得たものが大きかったのではないかと思われます。


 では実際にどうしたら、私たちは私たちなりの「逆境もまたよし」の心持ちを得ることができるのでしょうか。そして自分の運命を生かし、運命に優遇される人──世間でいう成功者とは少し違うことはもうおわかりでしょう──になることができるのでしょうか。


 幸之助が生きた時代に比べれば、今は、好きなことをやって生きることが、より可能な時代であり、門戸が開かれている職業は無数にあるといえます。しかし、そんな時代だからこそ、自分という一個の人間をよくつかんで、生かすことが、一層求められているはずです。


 とすれば、いかにして「自分をつかむ」のか。幸之助は、「()()(かん)(しょう)」──自分の外から客観的に自分を観て、反省すべきは反省する、という作業をしていました。平成二十二年末に『松下幸之助 成功の金言365』を刊行したのも、その自己観照を、読者の方々が日常生活の中で行う際に、幸之助の言葉がいわば“補助線”となり“ヒント”となることを願ったからです。


 発刊後、多くの読者の支持をいただいた一方で、主に企業経営に携わる読者から、社内の朝会で毎日読むようにしているのでもっと頑丈なブックカバーがいい、といったご意見をいただくこともありました。そうしたご要望にお応えしようと、本書(改訂新版)発刊の運びとなりました。


 編集に際して、『運命を生かす』に改題するとともに内容を見直し、項目の加除、一ページあたりの文章量の調整を行なっています。


自分だけの“金言”を創り、人生を創る



 幸之助は実業の成功によって確かに資産家になりましたが、同時に、言葉や考え方の資産家でもあったといえます。本書では、幸之助が残したその“資産”の主要なものを、膨大な記録から厳選して選り抜き、収録しています。それらの言葉の中に“金言”を見つけるか、幸之助の考え方を参考にしながら、自分だけの“金言”を創り上げるか、それは読者の皆様の判断に委ねられています。




 幸之助がよく説いたように、一人ひとりが皆「磨けば光る」存在であり、「社会を発展させる一人の選手」です。その自覚と責任をもって、運命を生かし、自らの道を切りひらいて、価値ある人生を創ることに挑まれる方々に、本書が幾ばくかでも資するところがあれば、これに勝る喜びはありません。



 平成三十年八月 酷暑と自然災害が続くこの国にて

PHP研究所 

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