「エジプトはナイルの賜物」
「賽は投げられた」
「わたしには夢がある」
最初のは「歴史の父」ヘロドトスのもの、二番目はローマの英雄カエサルのもの、そして三番目はアメリカ公民権運動の指導者キング牧師のものである。いずれも、歴史に残る名言といえる。
世界の歴史上、こうした名言は枚挙に暇がない。ならば、名言を通じて世界の歴史を俯瞰することはできないものか。本書はこうした意図から生まれた企画である。
ひとくちに名言といってもいろいろある。たとえば、「エジプトはナイルの賜物」はその土地柄を、時代という制約を越えて説明しうるものである。それに対して「わたしには夢がある」はアメリカの建国以来の課題をあらわすとともに、公民権運動の高まりという社会現象を物語るものでもある。また、「悪の枢軸」となると、のちの世から迷言と言われかねない。このように、名言、記憶に残る言葉といっても、その内実、その背後にある世相は千差万別で、それがまた歴史の面白みでもある。
本書は、名言をとっかかりとして、その言葉が生まれた時代状況を説明、それにより世界の歴史を俯瞰するという方法をとった。調べられる範囲で、その名言を発した人物と出典を明記した。しかし、やはり、誰が最初に言ったのかわからない、俚諺というべきものが多くなってしまった。名言は偉人の口から発せられるとは限らないのだ。
本書を執筆するにあたっては、四大文明の時代から現代まで、ほぼ人類の歴史を網羅するよう心がけた。けれども、史料の制約上、地域による偏りができてしまった。また紙数の都合上、名言と本文の関係を十分に結びつけることもできなかった。このへんのところはどうかご容赦願いたい。
ともあれ、本書はすべて二ページ見開き構成となっているので、読んでいて疲労を感じることもないだろう。理解の一助として、項目ごとに関連写真と豆知識をもうけているので、そこだけ眺めるのもまたいいかもしれない。
どこから読んでもよく、一部だけ拾い読みするのもよい。それが本書の利点である。もちろん最初から最後まで通しで読んでいただくにこしたことはないが。
本書を通じて、一人でも多くの読者が世界史に興味をもち、より詳しく知りたいと思うようになれば幸いである。
二〇一〇年四月
島崎 晋