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(2021/11/26 追記)

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ほのぼの家族のふれあい心理学 すてきな主婦の幸せさがしと家庭づくり
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生き方・教養
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第1章 子育ての心がまえ

『ほのぼの家族のふれあい心理学 すてきな主婦の幸せさがしと家庭づくり』
[著]國分久子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:40分
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 たいていの人は、やりがいのある仕事につけて、好きな人と結婚ができて、かわいい子どもに恵まれれば、よい親になれて、まあまあ満足のいく結婚生活が展開されるだろうと簡単に期待します。ところが、子どもができさえすれば、誰もがよい親になれるというわけでもありません。


 それは誰もが車を手に入れさえすれば、車の運転ができるわけではないのと同じ原理です。運転を教わらないと、車を動かせないように、子育ても教わらないと上手にできないと思うのです。


 昔から、女性には母性本能が備わっているといわれてきました。ところが産む能力はあっても、育てる能力のない人がいるところをみると、「誰でも簡単に親になれる」と本能にまかせるわけにはいかないように思うのです。


 そこで、まず子育ての心がまえを語りましょう。これまでに育児書はたくさん出版されていますが、私のそれはカウンセリング理論と、カウンセラーとしての体験の二つをふまえているところが特徴です。乳幼児期、児童期、青年期の三段階を、順にとりあげていきます。


 親になるとはどんなことか──出産、乳幼児期



 愛情さえあれば、誰でも親になれるわけではありません。親になるには、ヘッド(頭の回転、知恵)が必要です。


 では、何にヘッドを使ったらよいのでしょうか。それには、最低、三つあると思います。

第一は、子どもが「自分は、人生から歓迎されている」と感じるにはどう育てたらよいか

第二は、親としての自分の言動の傾向に気づくこと

第三は、たえず子どもの言動を観察している(ぼんやりしていない)こと


 です。


 それでは、そのひとつひとつを考えていきましょう。


自分と人生を肯定する子どもに育てる


育児の基礎は「人生肯定」の感情体験


 人生を生きていくうえでいちばん大事なことは、人生を好きになり、自分も好きになることです。人生が好きになれないとは、世をはかなむ慢性の不満居士ということです。自分を好きになれない人とは、自分を卑下し、自己嫌悪し、自分はダメ人間であると思っている人のことです。


 親としては、子どもが自分の人生に不安をもたずに、楽しい気持ちで生きていってほしいものです。楽しい気持ちで生きている子どもは、乳幼児の頃から「I am OK. You are OK.(自己肯定、他者肯定)」と感じるように、親に育てられてきたのだと思います。親はとくに意識したわけではないかもしれませんが、結果的には「自分を受け入れ、外界も受け入れる」子どもに育てたのだと思います。


 そういう子どもに育てるには、どうすればよいのでしょうか。ひとことでその原理をいえば、「自分は人生から歓迎されている」と感じるような扱いをすればよいのです。


 たとえば、赤ん坊が泣いているとき、うちは時間ぎめ授乳だからといって、そのまま授乳時刻まで放置したらどうなるでしょうか。赤ん坊は「これほど自分が乳を求めても人生(外界)は私をかまってくれない。人生は無情である」と外界に対して、よい印象をもたないでしょう。そして「自分は、人からケアされるに値しない存在である」と自己否定的、自己嫌悪的になりがちです。子どもの言語はまだ発達していませんが、体の感覚でそのように受け取るのです。ですから、乳児は原則として、甘え願望を満喫させたほうがよいということになります。つまり、お乳はほしいときにほしいだけ与えることです。そうしますと「人生は私に好意的である。私は人に好意を向けてもらうに値する人間である」と受け取りますから、人生肯定の人間になります。


 人生を勇往邁進の気概で生きていける人間とは、自己肯定・人生肯定の人間です。「自分はダメ人間である」とか「人を見たら泥棒と思え」といったように自己否定・人生否定の人は、ちょっとした人生の挫折に崩れやすく、立ち直りにくいようです。ですから、人生から歓迎されているという感情体験は、育児の基礎になります。


 人生から歓迎されているという感情体験が、いかに大切かを理解するいちばんわかりやすい例は、十のつきあいのうち、八項目まで交際を断ったという「村八分」の制裁です。私たちは生活の知恵で人に拒否されることが、いかにつらいかということを知っていますので、火事と葬式の二つだけは手伝うという思いやりが残っているのです。


子どもの成長を喜ぶ


 では、育児のとき、まず最初に何が歓迎体験になるのでしょうか。それは産みたくて産んだか、産みたくないのに義理で産んだかということです。産みたくないのに義理で産んだ子どものことを「欲せられざる子ども」といいます。赤ん坊はまだ知能が発達していませんが、体の感触を通して、「自分はどうも人生から歓迎されていない」と感じとるのではないでしょうか。義理で産んだ親は、子どもがあまりかわいくないので、おむつを替えるようなときでも、手荒くなることがあります。赤ん坊はこの手荒い物理的刺激を通して、自分は人生からやさしく迎えられていないと感じるのです。


 ですから、夫婦が子どもを歓迎できる心理状態で出産するのが最もよいのです。自分は人生から歓迎されているという感覚は、自分は人生で居場所があるという感覚に通じますから、人生を大手をふって生きようという気概が出てくるのです。


 私の知人に、七五三のときに子どもに立派な着物を着せたところで、本人はどうせ覚えていないだろうから、お金がもったいないという人がいます。しかし私はそうは思いません。父母が三歳の子どもを連れて、親子三人で神社に初詣でに出かけるという体験が子どもの体にしみこむのです。頭には記憶として残らないかもしれませんが、体が無意識のうちに覚えているわけです。


 お誕生日でもそうです。二歳や三歳の子どもにケーキを買ってきて、ローソクを立てたところで記憶にはとどまらないでしょうが、「自分が生きているだけで喜んでくれる人がいる」という感情体験はいつまでも体の中に残ります。


 生きる力が出てくるのは、周りの人から受け入れられているという感じがするときです。拒否されている、ひとりぼっちである、このような心理状態が続くときは、概して自殺願望が生じます。少なくとも、ふつうの人間なら元気が出ません。天上天下唯我独尊といった自己礼賛の気概の乏しい人間になりがちです。


子どもに関心を向け続ける


 そこで子育ての第一は、子どもが自分は家族から歓迎されている、喜ばれていると感じられるような体験をさせることです。たとえば、子どもが登校するときは、なるべく玄関まで見送るとか、子どもの帰宅時に留守をするときは「お帰りなさい。おやつは戸棚にあります。母さんは六時に帰ります」というメモを置いておくなど、たえず子どもに関心があることを表明し続けることです。


 無視される体験は、つまり、私はいてもいなくても同じと感じさせることは「どうせ自分なんか……」ということになり、人生への意欲が出てきません。「お前なんか産まなければよかった」と言われ続けた子どもに出会ったことがありますが、深い心の傷はなかなか癒されませんでした。もっと残酷なのは「お前など死ねばよかったんだ」ということばです。私は、そういうことを言われた学生には「世の中には、産むことはできても、育てる能力のない親がいる。育てる能力はあるが産むことのできない人もいる。

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