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ほのぼの家族のふれあい心理学 すてきな主婦の幸せさがしと家庭づくり
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生き方・教養
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第4章 老父母・親戚との接し方

『ほのぼの家族のふれあい心理学 すてきな主婦の幸せさがしと家庭づくり』
[著]國分久子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:35分
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 好きな異性と二人きりの結婚生活と、姑を含む親類づきあいの伴う結婚ではストレスに雲泥の差があると思います。私は今、夫と二人だけの生活ですが、若い頃は今よりも頻繁に夫の実家と行き来がありましたので、時間的・体力的・心理的なストレスを体験しました。


 二人だけの生活なら不和になったり、離婚しなかったであろうカップルに出会ったこともあります。


 たとえば、同居中の老親をたずねて娘夫婦や孫や叔母たちが泊まりがけでやって来ます。嫁としてはお金はかかるし、夫が客に愛敬をふりまくのを見るのも不愉快だし、夫婦共有の時間は減るし、心のはずまない生活になることがあります。一方これとは逆に、無愛想な所帯持ちの息子や娘を老親が補っているので夫婦崩壊にならないですむ場合もあります。それほどに、老父母との交流や親戚づきあいが家庭生活に与える影響は大きいようです。


 そこで本章ではまず、両親と子どもの交流が、少しでもお互いのストレスにならないための原理を語り、それから親戚づきあいの意味と原理を考えます。そのあと両親との交流・親戚づきあいの療法を含めた家庭生活一般を支配している考え方(ビリーフ)をいくつか指摘しようと思います。


 老親との交流



 今は長寿の時代ですから、定年を過ぎた子どもが毎週のように、実家の老父母を訪問するということが、日常化しつつあります。子どもが七十歳くらいになり、ゴミ袋をゴミ捨て場に運ぶくらいがせいぜいというほどに体力が衰えても、九十歳過ぎの老親の身体的な世話をしなくてはならない話もよく聞きます。


 老いた子どもの自衛のためにも、老親の余生の幸福のためにも、これまでの時代とは違う考え方や行動の仕方を開発しなければならないと思います。


 そこで、子どもが若いうちは親と同居したり、親の近隣に住むことが比較的多いので、はじめに親と空間的に接近して暮らす場合の心がまえを語ろうと思います。


 次に、子ども自身が加齢するにつれ、老親自身及び、老いつつある子ども自身の体力的理由で入院加療が必要になったり、高齢者養護施設に入所したりして、老親が子どもと離れて住む場合の人間関係のやりくりの原理にもふれてみます。


 そして最後に、これからの親孝行はどうすればよいかを提言しようと思います。


親との同居


親は同居を望んでいるか


 これまでは、多くの親が子どもの家族との同居を望んでいるといわれてきました。しかし、私がカウンセリングで見聞したところでは、必ずしもそうではないという印象をもっています。つまり、両親は、身体的に健康で何とかやっていける間は子どもの世話にはなりたくない、自分たちでやっていきたいという自立的な親が増えてきているように思うのです。


妻の親との同居


 そうはいっても、日本ではまだまだ両親と子どもが同居している家庭が多いと思います。このような場合、妻の両親と暮らしている夫は、夫の両親と暮らしている妻よりは気苦労が少ないのではないでしょうか。それは夫の収入によって、妻の両親の生計を支えている場合が多いからです。妻は「私の両親の面倒を見てもらって申しわけない」という気持ちがありますので、自分の親と夫の間に立って調停役を務めます。妻には慢性のストレスがあると思いますが、このストレスは家庭の平和をあがなう月謝としては妥当なものと思われます。


 ところが、妻の中には調停役ではなく、自分の親サイドに組して「帰りが遅い」とか「ボーナスが少ない」と評する人がいます。夫としては当然おもしろくありませんから、ますます帰りが遅くなったりするわけです。これは妻のソーシャル・インテリジェンス(生活の知恵)ゼロということです。親サイドに組する妻はだいたいにおいて青年期の心理的離乳の未完成に由来しています。親べったりなのです。


 親べったりの娘が親と同居すると、一般的にいって親子げんかが多いようです。わがまま娘に腹を立てた親に対して、形式上は夫は謝らなければなりません。自分の妻の言動について、無関心を装うわけにいかないからです。しかし、心の中では「こんな娘に誰がした」と思っています。こんなことが何回も繰り返されると、夫はますます家庭がおもしろくありません。


 外で飲んで帰るか、自分の子どもに「うちのママも困ったものだ!」「うちのおばあちゃんも頑固だからな!」とぐちをこぼしたくなります。おやじにぐちをこぼされる子どもも家がおもしろくありません。


 妻の親と同居する場合は、妻の気くばりが決め手です。夫が注意したほうがよいのは、妻が機嫌伺いをするのをいいことに、大名風を吹かすようになることです。私の見聞する限り、家庭での殿様は世間に出るとパッとしない人が多いようです。つまり、過剰保護で育った子どもと同じ現象を呈するわけです。


夫の親との同居


 夫の親と同居する場合は、夫の役割が大事になります。夫は、自分の親と妻との調停役になるわけですが、妻サイドに立った調停役に徹することが大切です。つまり、妻の弁護人のつもりにならないと、同居しないほうがよいと思います。弁護士は泥棒でも弁護します。ましてや、妻の弁護人くらい務められなくてどうしますか。女性の私は、若い夫族にそう諭しています。


 たとえば、嫁が姑の誕生日にゆかたをプレゼントしました。柄が気に入らない姑は、デパートに行って他のゆかたと交換してきました。しかも、姑は友人連れで行ったのです。嫁が怒るのは当然です。デパートに行けば、その値段がわかってしまいます。嫁にすれば、いやな感じです。しかも、友人連れで行ったのはますます不愉快です。姑の友人からも自分の選んだゆかたを評価されたからです。


 さてこの場合、妻が怒る前に夫が怒るべきです。「妻がせっかく心を込めてあげたプレゼントなのに、失礼じゃないか!」と母を一喝すべきです。日本の夫族にはそういう男性はいないようです。「うちのおふくろは、ああいう性格なんだよ。しょうがないよ」くらいの応答です。私は嫁と姑の問題があまり大きくならない家庭は、夫が自分の妻をプロテクト(保護)している場合だと思います。


 ただし、プロテクトの仕方が下手だと、親を敵にまわしてしまいます。家庭が二派に分かれます。夫はそこで外向的手腕を発揮しなければなりません。ふだんから自分の親に、自分たちの家庭の状況を説明し「親にしてもらいたいこと」と「してもらっては困ること」をきちんと話しておくことです。要するに、頭を使うこと。

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