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ほのぼの家族のふれあい心理学 すてきな主婦の幸せさがしと家庭づくり
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生き方・教養
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第5章 自己実現のできる家庭生活

『ほのぼの家族のふれあい心理学 すてきな主婦の幸せさがしと家庭づくり』
[著]國分久子 [発行]PHP研究所


読了目安時間:36分
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 心理学の世界でたいへん有名なカール・ロジャーズの娘ナタリーは、孫をもつ年齢になってから離婚しました。彼女によれば、妻としての役割、母としての役割、そして祖母としての役割を全部果たしたので、今度は自分自身の人生を楽しみたい、そのために離婚したというのです。夫との不和が原因ではないそうです。


 家庭を捨てても、自分の人生をつくりたいというエネルギーは、多くの人にあると思います。家庭を捨てるのはなかなかむずかしいからしないだけです。つまり、家庭生活には個人の自由を縛るものがあります。これまでの文化では、妻がいちばん、自由を奪われる犠牲者になっていたと思います。


 それでは、家庭を捨てなければ自己実現できないのでしょうか。自己実現の妨げにならないような家庭生活は創造できないのでしょうか。私はそんなことはないと思うのです。本章では、このようなことについて考えてみましよう。


 まず最初に、自己実現とはどんなことか、また、なぜそれほどまでに自己実現が大切なのかについて語りたいと思います。第二節では、自己実現のためには、どのような条件が必要かを考えます。そして第三節では、現代社会において自己実現を探索するために、どのような現象が起こりつつあるかについて述べるつもりです。


 自己実現は誰もが求めている



 離婚をしてでも自己実現したいという人がいるように、自己実現の欲求は、よほど我慢できない強い欲求にちがいありません。芸能人は離婚する人がふつうの人より比較的多いようですが、それは、この人たちにとって自己実現は不可欠の条件だからだと思います。


 人並みに一日に三度の食事をとり、子どもの三者面談に出かけ、上司の機嫌を損じないように仕事をし……という生活を四十年も続けると、ひとりのおとなとしては非の打ちどころのない人間にはなれるでしょうか、「これは世間を気にした、世間に合わせすぎた人生だった」「これまでの自分自身の人生は何だったのか」「自分の人生は何もなかったのじゃないか」──こんなことに気づく人も現われます。


 そんな人が、脱サラを決意したり、ボランティア活動に献身したり、自分を見つめ直すためにカウンセリングを受けにいったりするのです。


自己実現とは自分をとり戻す活動である


自己実現の前提条件


 まず、自己実現とはどんなことかを説明するために、自己実現への欲求と、自己実現でない欲求とを比較してみましょう。


 まず誰にでもある欲求は食欲・性欲・睡眠欲などの生物的欲求です。この生物的な欲求が満たされないということは、物理的に自己保存の本能がおびやかされることですから、絵を描くとか、論文を書くとか、ある目標を目指して受験勉強に励むなどという余裕(自己実現への欲求)は出てこないのがふつうです。“衣食足りて礼節を知る”をもじっていえば、凡人は“衣食足りて自己実現あり”といえます。


 しかしながら、衣食が足りるとすぐ自己実現への欲求に結びつくかといいますと、そうではなくて、たいていの人間が次に求めるものは安定への欲求なのです。身分や職が保証されて安心して生活できるとか、怪我・病気をしても健康保険がカバーしてくれるといった安心感がなければ、自己実現どころではありません。


 それでは安定感さえ保証されたら、自己実現への意欲が出てくるでしょうか。安定感が保証されても、即、自己実現への意欲が出てくるというわけではないのです。というのは人間はひとりぼっちでは人生での居場所がないので、生きている実感が今ひとつ湧いてこないからです。つまり、自分の所属するグループを求めたくなるのです。それゆえ、子どもの中には仲間はずれにされたくないので、いじめられても人に告げないとか、心ならずもボスの命令どおりに、仲間をいじめるという代償を支払う子どもも出てくるのです。


 おとなでも同じです。人間は、学歴、年齢、性別に関係なく、グループに所属したい欲求が強いのです。村八分にされると、自己実現への意欲どころではなくなるのがふつうです。ただし、フロイドのように村八分にされても、チャレンジ精神が高まり、自己実現への道をまっしぐらという人もいます。しかしながら、フロイドでさえ彼のバックには、彼を支えていたユダヤ系研究者集団が存在していたという事実があります。


 さて、グループへの所属感が満たされると、和気あいあいとした人間関係にひたることができますが、多くの人はグループの中で自分が尊敬されたい、認められたいという欲求が出てきます。この認められたいという欲求は、人間として見過ごしにできない大事な欲求なのです。ある著名な学者は老衰で会議に出席できなくなっても、長と名のつくポジションを辞さないまま数年を過ごしました。見かねた教え子が辞任を勧めましたが、耳を傾けず、そのまま他界しました。それほどに人間は目立ちたい、認められたいという気持ちが強いものなのです。これは自然現象です。


 以上を要約しますと、人間は誰でも自己実現への欲求を秘めていますが、他の基本的欲求(生物的欲求、安定感への欲求、所属感への欲求、承認への欲求)が満たされないと自己実現に献身するだけの余裕は出てこないようです。


今からでも遅くはない


 自己実現とは「お金や名誉はなくてもよいから、自分にとって意味のある人生を歩みたい」という欲求のことです。


 こんなことがありました。ある時、私は久しぶりにクラス会に出ました。するとある旧友がこう言うのです。「夫は会社の重要な地位にいて、家も建てたし、子どもたちも立派な大学を出て一流企業にも就職し、何不自由ないんだけど、何かもの足りない。人生とはこんなものだったのかしら?」と。その場に居合わせた人たちも、そのような暗い気持ちにのめり込んでいるのです。まだ五十歳前だというのに、人生にすでに見切りをつけ、人生を諦めた、やりきれなさのような雰囲気が漂っているのです。私はその瞬間心の中で自問自答しました。「いや、そんなことはない。人生百歳の現代に、わずか五十歳前後で“人生こんなものだったのかしら?”は悲しすぎる!」と。


 私にいわせればものは考えようで、このときこそ私たちが自分の人生を創造していくチャンスではないかと思うのです。「夫は重要なポストにつくことができたし、家も建てたし、子どもたちも立派な大学を出て一流企業に就職して、自立した。家での私はようやくお役ご免で、フリーになった。さあ、いよいよ私の輝かしい出番だ! 本当に生きたい人生を、これからは自分自身のために生きよう」と。

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