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「神社と神さま」がよくわかる本
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生き方・教養
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第4章 太古より息づく神々の世界

『「神社と神さま」がよくわかる本』
[著]島崎晋 [発行]PHP研究所


読了目安時間:46分
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日本の国土を生んだ神々とは?



 天と地がはじめて二つに分かれたとき、高天原(たかまのはら)(天上界)に最初に現れたのは天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)だった。つぎに高御産巣日神(たかみむすひのかみ)、つぎに神産巣日神(かむむすひのかみ)。神を数えるときには柱という数詞を使うが、この三柱の神はみな独神(ひとりがみ)(男女に分かれる以前の神)で、いつの間にか姿を隠してしまった。

 つぎに地上の国がまだ若くて固まっていないときに宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)天之常立神(あめのとこだちのかみ)が現れたが、これまた独神で、いつの間にか姿を隠してしまった。以上の五柱の神は天つ神(高天原に現われた神)のなかでも特別の神々である。

 つぎに現われたのは国之常立神(くにのとこだちのかみ)豊雲野神(とよくもののかみ)。これまた独神で、いつの間にか姿を隠してしまった。

 つぎに男女五組の神々が現われたが、五組目に現われたのが伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)である。国之常立神から伊邪那美神までを合わせて神世七代(かみよななよ)という。

 天つ神一同は、伊邪那岐神と伊邪那美神に、「この漂っている国をつくり固めよ」と命じ、委任のしるしとして(あめ)沼矛(ぬぼこ)という玉で飾られた神聖な矛を授けた。

 二柱の神が天地のあいだにかかる天の浮橋の上に立ち、矛の先を下に向けコロコロとかきまぜたところ、矛先から滴り落ちる潮水が積もり積もって島となった。これが淤能碁呂島(おのごろしま)(想像上の島)である。

 二柱の神はその島に降りると、(あめ)御柱(みはしら)(神聖な柱)と八尋殿(やひろどの)(広い御殿)を建てた。それから伊邪那岐神が「おまえのからだはどうなっているのか」と問うたところ、伊邪那美神は「わたしのからだは、だんだんとなり整いましたが、一カ所だけなりあわないところがあります」と答えた。そこで「わたしのからだにはなり余ったところが一カ所ある。これであなたのなりあわないところをふさいで国土を生み出そうと思うが、どうか」ともちかけたところ、伊邪那美神は了承した。

 伊邪那岐神が言った。
「それではわたしとおまえとで、この天の御柱をまわってから、夫婦の契りを結ぼうではないか。おまえは右からまわりなさい。わたしは左からまわるとしよう」

 そして互いに柱をまわり、巡り合ったとき、伊邪那美神が先に、「ああ、なんてすてきな男性なのでしょう」と言い、そのあとで伊邪那岐神が、「ああ、なんてかわいい乙女なのだろう」と言った。それから二柱の神は性交をして、水蛭子(ひるこ)という子を生んだ。この子は(あし)の船に入れ、流して捨ててしまった。つぎに淡島(あわしま)を生んだが、この子もまた子の数に入れなかった。

 二柱の神は相談したうえで、高天原にのぼり、天つ神の指図を仰いだ。天つ神は占いをして、「女が先に言葉を発したのがよくなかった。もう一度下へ降り、改めて言い直しなさい」と言った。そこで二柱の神は帰り降り、前と同じように天の御柱をまわり、今度は伊邪那岐神が先に「ああ、なんてかわいい乙女なのだろう」と言い、そのあとで伊邪那美神が、「ああ、なんてすてきな男性なのでしょう」と言った。

 このように言い終わり、性交をして生まれたのが淡路之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)(淡路島)である。つぎに伊予之二名島(いよのふたなのしま)(四国)を生んだ。この島はからだはひとつなのに、顔が四つあった。それぞれの顔に名があって、伊予国を愛比売(えひめ)といい、讚岐国を飯依比古(いいよりひこ)といい、粟国を大宜都比売(おおげつひめ)といい、土佐国を建依別(たけよりわけ)といった。つぎに隠伎之三子島(おきのみつごのしま)(隠岐島)を生んだ。またの名を天之忍許呂別(あめのおしころわけ)という。つぎに筑紫島(九州)を生んだ。この島もからだがひとつなのに顔が四つあり、それぞれの顔に名があった。筑紫国を白日別(しらひわけ)といい、豊国(とよくに)豊日別(とよひわけ)といい、肥国を建日向日豊久士比泥別(たけひむかひとよくじひねわけ)といい、熊曾(くまその)国を建日別(たけひわけ)といった。

 つぎに伊伎島(壱岐島)を生んだ。またの名を天比登都柱(あめひとつばしら)という。つぎに津島(対馬)を生んだ。またの名を天之狭手依比売(あめのさでよりひめ)という。つぎに佐度島(佐渡島)を生んだ。つぎに大倭豊秋津島(おおやまととよあきづしま)(本州)を生んだ。またの名を天御虚空豊秋津根別(あまつみそらとよあきづねわけ)という。これら八つの島を先に生んだことから、この国は大八島(おおやしま)国と呼ばれる。

 大八島国を生んで帰るときに、二柱の神はさらに吉備児島(きびのこしま)(児島半島)を生んだ。またの名を建日方別(たけひかたわけ)という。つぎに小豆島を生んだ。またの名を大野手比売(おおのでひめ)という。つぎに大島を生んだ。またの名を大多麻流別(おおたまるわけ)という。

 つぎに女島(ひめしま)(姫島)を生んだ。またの名を天一根(あめひとつね)という。つぎに知訶島(ちかのしま)(五島列島)を生んだ。またの名を天之忍男(あめのおしお)という。つぎに両児島(ふたごのしま)(男島・女島)を生んだ。またの名を天両屋(あめふたや)という。


天照大御神(あまてらすおおみかみ)はどのようにして生まれたのか



 国生みを終えた伊邪那岐神と伊邪那美神は、それからたくさん神々を生んだ。二柱の神から生まれた島は合わせて十四、神は三十五を数える。

 これは伊邪那美神が亡くなる前の数字で、淤能碁呂島は生んだのではないから含まれない。水蛭子と淡島も数に入れない。

 伊邪那美神は火之具土神(ひのかぐつちのかみ)という火の神を生んだときの火傷がもとで世を去った。

 伊邪那岐神は、「愛しい妻をただ一人の子と取り換えることになるとは思いもよらなかった」と言って、亡骸の横で泣き悲しんだが、このときその涙から、泣沢女神(なきさわめのかみ)という神が生まれた。それから伊邪那美神は、出雲国と伯伎国との境にある比婆(ひば)の山に葬られた。

 残された伊邪那岐神は腰に帯びていた(とつかつるぎ)を抜いて、火之具土神の首を斬り落とした。

 すると剣の先からまわりの岩に飛び散った血から三柱の神、剣の手元あたりから岩に飛び散った血から同じく三柱の神、また剣の柄に留まった血から二柱の、合わせて八柱の神が生まれた。さらに火之具土神の亡骸からも八柱の神が生まれた。

 その後、伊邪那岐神は伊邪那美神に会いたくてどうしようもなくなり、黄泉国(よみのくに)へ追いかけていった。御殿の中から出迎えに現われた伊邪那美神に、伊邪那岐神は、「愛しいわが妻よ。わたしとあなたではじめた国づくりはまだ終わっていない。だから、いっしょに帰ろうではないか」と言った。

 すると伊邪那美神はこう答えた。「それは残念なことです。もっと早く来てくださればよかったのに。わたしはもう黄泉国の食べ物を口にしてしまいました。けれども、愛しいあなたがわざわざ訪ねてくださったのは、たいへんありがたいことです。わたしも帰りたいと思いますので、黄泉国の神と相談してみましょう。そのあいだ、わたしの姿を決してご覧になってはいけませんよ」。

 伊邪那美神はこう言うと、御殿の中へ戻っていった。

 伊邪那岐神はあまりに長く待たされるので、とうとう待ち切れなくなり、に火を(とも)して、御殿の中へ入っていった。

 すると、恐るべき光景が目に飛び込んできた。伊邪那美神のからだに数えきれないほどの蛆虫がたかり、ころころと音をたてていたのである。からだのあちこちから八柱の雷神が生まれていた。

 伊邪那岐神は恐ろしさのあまり、逃げ出しにかかった。それに気づいた伊邪那美神は、「よくもわたしに恥をかかせたな」と言って、すぐさま、よもつしこめという女怪たちにあとを追わせた。

 伊邪那美神はさらに八柱の雷神に黄泉国の軍勢千五百を()えてあとを追わせた。伊邪那岐神は十剣を抜き、後ろ手にふりまわしながら逃げつづけた。黄泉国の軍勢はそれでも執拗に追跡をつづけたが、伊邪那岐神は黄泉国と現世の境である黄泉比良坂(よもつひらさか)の麓にたどり着いたとき、そこになっていた桃の実を三つとり、待ち受けて投げつけた。
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