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「孫子」を読む
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生き方・教養
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第一章 『孫子』という書物について

『「孫子」を読む』
[著]松本一男 [発行]PHP研究所


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     『孫子』の流行


 終戦の混乱期からしばらくたって、占領軍の行政もようやく効果をあらわしはじめた昭和二十五〜六年ごろ、当時の世界を牛耳っていたアメリカ経済の経営管理マニュアルや経営哲学が日本に輸入されだした。朝鮮戦争のもたらした“特需景気”でやっと一息ついた日本の経済界でも、アメリカ流の経営戦略を学ぼうという気運が高まった。

 アメリカの経営学に関する多くの本が翻訳され、ドラッカー、ガルブレイス、M・E・ポーター、ペロンズ、E・F・ヴォーゲルなど多くの経営学者の著作が書店にあふれた。そして、それらの本を読んでいるうちに、日本の経営者たちは、アメリカ式の経営書だからといって奇想天外なものではなく、いままでじぶんたちが先輩から教えられたり、学校や職場で学んだりしたのと共通したものがあることに気がついた。なかんずく、リーダーシップの要領、セールスの戦術、企業の固め方、トップの心がけ、プロジェクト実施のノウハウ、トラブル処理の方法、インフォメーションの掌握などに関しては、従来から日本の軍隊で強調されていた兵法のノウハウと似かよった点が多い、と悟るにいたった。

 いっぽう、警察予備隊も、保安隊→自衛隊と成長してきたが、幹部養成のために昔の陸士や海兵に相当する防衛大学校をつくった。この防衛大では、初代校長(まき)智雄博士のころから、旧軍の“作戦要務令”や“統帥綱領(とうすいこうりよう)”にアメリカ軍の教育マニュアルを加味したものを基本的なテキストに採用し、教官には旧陸大や海大出身の元職業軍人を動員した。

 防衛大の教官たちが採用したテキストの底流が中国の古典兵法書、とくに『孫子』の兵法である。

 アメリカから輸入してきた最新式の経営学、あるいは防衛大の基幹思想が、昔から伝わってきた兵法の教えに近似していることに気がついた日本の経営者やマスコミは、俄然、伝統的な兵法を再確認しだした。

 このあらわれが、昭和三十年代後半から油然(ゆうぜん)とわき起こった“兵法を経営学に応用する”風潮である。とりわけ、『孫子』はもてはやされ、その注釈書やいわゆる孫子流経営学書が(ちまた)に氾濫した。その流行はいまでもつづいている。

 今日、兵法書といって多くの人がまっ先に思い浮かべるのは『孫子』であろう。よほどの専門家でないかぎり、いわゆる『武経七書(ぶけいしちしよ)』やクラウゼヴィツの『戦争論』、あるいは山鹿素行(やまがそこう)の兵法書は知らないはずである。なぜなら、これらに共通なものとして『孫子』を知ればたくさんだからであろう。

 このもっともポピュラーな兵法書の『孫子』なのに、その成立の沿革ははっきりしていない。いまから約二千五百年前の春秋時代に書かれたものらしい。


     『孫子』は誰が書いたのか

『孫子』の著者については各説ある。

 第一の説は、孔子とほぼ同じ時代に生きていた孫武(そんぶ)という兵法の大家が書いたというものである。この説はもっとも有力で、長いあいだ、『孫子』は孫武の学説の記録だといわれてきた。

 一九七二年四月、山東省臨沂(りんき)県の“銀雀山漢墓(ぎんじやくざんかんぼ)”と呼ばれる古い墓から、約五千枚の竹簡(ちくかん)が発掘された。そのなかに、『孫子』とは別に、“(そんぴん)の兵法”とみられるものがまじっていた。さらに、一九八七年夏にも、山東省の別の古墳から、孫の書いた兵法を記した竹簡が十数枚発掘された。
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