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第九章 「政治改革」無用論

『逆説の時代』
[著]渡部昇一 [発行]PHP研究所


読了目安時間:19分
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世界で日本だけの特異な政治構造


 金にまみれた自民党政治、空転状態だった九二年末の国会、などとわが国の政治は、マスコミをはじめとする世論の批判をずいぶんと浴びた。「これで日本の政治は大丈夫なのだろうか」。多くの人がこう思うことだろうが、私は「大丈夫である」と答えたい。むしろ金権政治批判や、政治倫理を求めるムードに流されてしまうことのほうがよほど危険なのだ、ということを強調したいのである。

 そのためには、まず日本の政治体制の歴史を振り返ってみたい。いわゆる政党政治のスタートは昭和三十年の左右社会党の合同と、民主党と自由党の合同にさかのぼる。同年の総選挙の結果、第一党が民主党、第二党が社会党、第三党が自由党となったが、第一、二党である民主党、社会党の差はごくわずかなもので、このために第一党と第三党の合同、つまり保守合同が行なわれ今日に至っている。

 ここで忘れてならないことは、この日本の国内政治構造が、世界の自由主義圏において類のないものだったという点だ。当時の自由主義圏の国々は、二党に分れてはいても、「反共」の点で両党は同じ考えだった。イギリスの労働党は、二大政党制のなかでも最も左派的なイデオロギー色の濃い政党だが、それでもソ連と連帯することはなかった。フランスにも社会党はあるが、これも、むしろソ連と対決する姿勢を示していた。ドイツのCDU(キリスト教民主同盟)とSPD(ドイツ社会民主党)も、多少のニュアンスの差があれ同様であり、ソ連と連帯しようとする党は一つとしてなかった。

 こうした自由主義圏内にあって、日本は自由民主党が西側自由主義圏に属し、社会党はソ連および毛沢東と“連帯”していた。その連合の事実は、最近になって次々に暴露されている。たとえば浅沼稲次郎氏が北京において「アメリカは日中共同の敵だ」と発言した事実しかり、社会党が金策のためにソ連と材木会社をつくろうとしていたことなどが、歴史的事実として明るみに出てきている。あるいは歴史的資料によるまでもなく、社会党は、チャウシェスクのルーマニア、ホーネッカーの東ドイツが崩壊する寸前まで、これらの国々を理想国といっていた。これは絶対に忘れてはならない。

 当時の世界は自由主義圏と社会主義圏が対立する二極構造だったわけだが、日本の二大政党もこの構造をそっくり投影したものだった。つまり野党は社会主義圏そのものであり、これは西側自由主義の主要国においてただ一国、日本だけの特異な事情だったと思う。このことをまず念頭におき、「汚職問題」について考えるべきなのである。

 まず、汚職を取り締る法律、これはいかなる性質の法律であるのか。

 法律は、大きく「ロー(Law)」と「レジスレーション(Legislation)」の二つに大別される。「ロー」によって支配されるのは、平和時に、誰が見ても明白に悪いとわかる犯罪で、人を殺す、財産を奪うといったものがこれにあたる。この倫理を破ってよいのは宣戦布告のみだとされる。宣戦布告さえすれば通常の倫理は通用しなくなり、人殺しもかまわないということになる。これが「ロー」である。

 これに対して、議会を通せば何でも法律になってしまうものがある。もっともわかりやすい例を挙げるならば、戦争中の統制がいいだろう。たとえば戦時中、衣料品を統制する法律があった。これを厳密に運用すれば、フンドシをつくるにも衣料切符が必要になった。衣料切符なしでさらしを入手しフンドシをつくれば、衣料統制令違反となった。
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