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日本神話からの贈り物
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ルポ・エッセイ
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文庫版まえがき

『日本神話からの贈り物』
[著]渡部昇一 [発行]PHP研究所


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 昨夜、京都グランドホテルにおいて、第三回山本七平賞の授賞式が行なわれた。この度の受賞作品は『「悪魔祓い」の戦後史』(稲垣武著/一九九四年八月・文藝春秋刊)である。これは、戦後の日本における、いわゆる“進歩的文化人”がどのようなことを書いてきたかを書き留めるという、いわば地獄の閻魔(えんま)王庁にある浄玻璃(じようはり)の鏡のようなものだ。恐らくここに書かれた人々は、ソ連が解体し、実質的な共産主義国は北朝鮮一国になった今日、自らの言動をすべて取り消したいぐらいの気持ちになっているのではないだろうか。

 この席上、稲垣氏は自らが戦争中に縁故疎開をしていた当時の話を披露された。ある時、預けられていた親類の家で、付近の工場に徴用されていた工員たちが、蓄音機で歌謡曲を聞いていた。すると、それを聞きつけた自警団のような人が飛び込んできて、「戦地の兵士たちが生きるか死ぬかの戦いをしている時に、音楽を楽しむとは何事だ」と怒鳴り散らした。その時の彼らのキツネのようにつり上がった目が、幼い時の氏に強烈な印象を残したという。

 その後、稲垣氏はいわゆる進歩的文化人が言論を吐く時に、またその言論に冒された学生たちの中に、同じ種類のつり上がった“キツネの目”を見いだした。その目は、姿を変えて何度も現れるらしい。そこで、それが二度と現れないよう、“悪魔祓い”をする必要があるのではないか、というのが今回の労作を書く動機になったそうである。

 この授賞式に出席した帰りの新幹線の中で、私は二十五年前に雑誌『正論』に掲載し、後に単行本になった『神話からの贈物』(一九七六年六月・文藝春秋刊)を文庫化するにあたって、改めて目を通してみた。そして、そこに書かれてあることが一字の訂正も要せずに今日の読者にも提供できることを発見し、私はキツネに()かれてはいなかったと、密かに喜んだ次第である。

 ただ、四分の一世紀前の雑誌の連載だったことから、時間的にズレのある記述や、少々の説明を要すると思われる箇所には、若干の手を入れた。ただ、それらはいずれも本質的なものではなく、かつ内容に関わるものではない。それはすべて〔 〕で明示してある。

 思えば、英文科卒業の私が、日本の神話の基である『古事記』を読んだのは、単行本のあとがきにあるとおり、戦後直後の上智大学という特別な環境下であった。この点においては、当時の国文学の教授であった故佐藤幹二先生の影響に負うところが大きい。また英文科にいながら、卒業するまで国語や漢文の授業を受け続けるという妙なことを行なえたのは、旧制中学・高校時代の英語の恩師である佐藤順太先生の影響である。

 さらに、私が日本神話に対する洞察を得たのは、一九五五年にドイツのミュンスター大学に留学し、カール・シュナイダー教授の講義に出てからである。氏はインド・ヨーロッパ系諸言語と神話文化の世界的権威であり、その研究はキリスト教が渡来する以前の古代ゲルマン人を中心にしていた。

 そしてその講義の中で衝撃を受けたことは、ゲルマンの神話の基本的構造の重要な部分が、日本のそれと同じであるということだった。たとえばゲルマン人の古代の酋長(王)の系図を遡ると神話の神になることは、日本の天皇家と神話の関係と同じである。あるいはその文化、風習に関しても、私が子供の時から郷里の神社で見聞きしていたことと、数々の共通点を見いだすことができた。このようなことから、私はいつの間にかゲルマン神話の勉強を経た目で、日本の神話を見るようになっていった。そして勧められるままに連載したものが本書である。

 最近でこそ、日本の神話、神社、宗教に関する本も多いが、私がこれを書いた二十五年前には、少なくとも普通の読者階層向けにはほとんど出版されていなかったと記憶している。

 その意味では、私の意識が早かったともいえるが、当時四十歳にもならない英語学の学徒が、日本神話について本を書くようになったこと、またその若き日に執筆したこの本が、文庫に収めるにあたって実質的に一字の訂正も要しないことについては、以上に述べた各先生方の学恩に負うものである。また、私に最初に執筆の機会を与えてくれた藤沢哲也氏、またそれを単行本にしてくれた文藝春秋の上野徹、村松善二郎両氏に感謝の意を表したい。

 さらに、今回文庫化するにあたり、種々お骨折りくださったPHP研究所の今井章博氏にも厚くお礼申し上げたい。

平成六年 十一月十八日 第三回山本七平賞授賞式の帰途、新幹線の車中にて
渡 部 昇 一
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