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歴史の鉄則
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政治・社会
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第一章 「国民の富」を保つ歴史の法則

『歴史の鉄則』
[著]渡部昇一 [解説]竹内靖雄 [発行]PHP研究所


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──税金が高いとなぜ国家は滅びるのか──

(一) 「国民の富」こそ主、税金は従
──高い税金はどうして国を貧乏にするのか──

税額と統制の度合いは正比例する


 税金は高い国がよいか、安い国がよいか。

 これはもう絶対に安い国がよいに決まっている。税金が高い国は、国民が不幸で政府の役人が幸福と、昔からそう決まっている。古来国の力がだんだん弱まって、ついに潰れるようなことがあったら、それは税金を高く取りすぎたせいだと断定してもよいくらいである。

 どんなに緻密で太刀打ちできそうもない立派な意見であっても、税金を沢山取ろうとするならば、それは絶対に間違った考えである。ましてや役人がそういう意見を言う場合、これでもかこれでもかと山のような資料を出してくるが、資料が増えれば増えるだけ、どこか後ろめたい気持ちがあるのである。そうでなければ、山のように資料を出す筈がない。

 昔から、アルキメデスの原理でも三角形の面積の公式でも、正しいものは一行で終わり。長ったらしい理屈に(ろく)なものはない。増税は、国民の富を涸渇(こかつ)させ自由を奪う。

 最近、日本人から元気がなくなっている。日本には活力の源が沢山あるのに、どうして元気がないかと言うと、税金の制度疲労ではないかと思われる。

“今の世の  お(かみ)はきつい喘息(ぜんそく)
昼も税々(ぜいぜい)  夜も税々(ぜいぜい)


 江戸時代の狂歌は、こう皮肉っている。

 皮肉ったところで、税金を取られたことは間違いないだろうが、封建時代の税金よりも今の税金の方が性質(たち)が悪い。例えば、封建制度では相続税を取らない。相続税を取らなかったので、貧富の差が縮まらなかったとも言えるが、いかな悪代官も根こそぎ取って行くようなことがなかったから、その点は親が死んでもビクビクして暮らす必要はなかった。

 共産主義の御本尊のソ連や東欧が潰れて、資本主義の側の人たちが、「勝った、勝った」と大騒ぎしたが、喜んでいる場合ではない。アメリカだって、ヨーロッパだって、我が日本だって、税金から見れば、五十歩百歩である。

 旧ソ連邦の中心である現在のロシア共和国を訪れる人が必ず口にするのは、「国中全部が闇市みたいになってしまっている。他の共和国も同じだ」ということだが、ついこの間までの統制経済が幅を利かしていた時代に比べれば、闇市の方がずっといい。これは人間としてまともな証拠であって、統制経済くらい非人間的なシステムはないのである。

 税金の高い国というのは、誰が何と言おうと統制が進んでいる経済の国で、政治改革にいくらエネルギーを注いでみても、国民は幸福になれない。税額と統制の度合いは正比例するのである。

有能な人材を徴税に使う愚かしさ


 税金を語る本というのは、殆ど節税の方法とか申告方法を述べた技術論ばかりで、つまりは枝葉末節なものが多い。税理士や税務署のお役人、税金専門の学者という人々は、今の税体系という金魚鉢の中で生きている金魚みたいなものだから、その人たちの話を聞いても何ら根本的解決にならない。

 ついでに言うと、税理士くらい後ろ向きの商売はない。税理士を雇う目的は、突き詰めれば、
「いかに税金を逃れながら、税務署から文句を言われずにすませるか」

 ということだ。税金のシステムがもっと簡単なら、税理士のような、生産とは何の関係もない、負のエネルギーを使わなくてはならない商売はそんなにいらなくなる。有能な人材をいかに後ろ向きの仕事で浪費しているか、まったく国家の損失である。

 さらに蛇足ながら付け加えると、こんなに大勢いる税理士でも、国税庁出身の税理士以外は、結局は役に立たないと、ある大手企業の社長さんから聞いたことがある。何か問題が起きた時、絶対に力を発揮するのは国税庁のOBだそうである。税務署の中でいちばん恐ろしいのは国税庁に決まっているが、国税庁の役人に顔が利くのは、先輩、OBに限られる。彼らも定年後は、税理士として食べなければいけないから、国税庁出身の税理士には顔を売り、恩を売る必要があるからと言うのだ。

 だから、税理士になりたい人は、国税庁に入って定年後になるのがいい。それ以外では、結局は大した仕事ができないというのである。伝聞だから多少は誇張みたいなものが入っているかも知れないが、何とも暗い話である。国民としても嬉しくない話だ。

日本国民を卑屈にした高率課税


 それはともかく、今の税金システムのいちばん悪い点は何か。

 一つ目は、日本国民を卑屈な、矮小な人間にしてしまった点である。例えば、交際費一つ取っても、
「税務署が認めてくれるだろうか」

 と心配してばかりいる。タクシーに乗っても、飲み屋へ行っても、何でも領収証をもらわないといられない。戦後、水商売の女性に圧倒的にもてたのは、やくざだそうである。
「どうしてやくざがもてるのか?」

 とある人が尋ねたら、たった一言、
「だって領収証をくれって言わないもの」

 という返事が返ってきたという話がある。やくざの金は、元々が裏街道の金だから、確かに領収証を必要としない。どんなに大きな企業の社長でも、銀座の高級バーで飲んで、自腹を切るということはできない。恐るべき累進課税のために、いくら給料が高くても手取りは少ないのだから、それなら始めから給料を安くして、会社の経費で飲もうということにならざるをえない。

 しかし、それでは部下からも感謝されないし、バーの女性にももてない。戦前、旦那がもてたのは、累進課税に苦しめられなかったからである。つまり、今の日本人は税務署を横目でちらちら眺めながら飲んだり、食べたりしている。自分が稼いだ金であっても、領収証をもらう段になると、店の人間は、
「ははん、会社の金で飲んでいるのか」

 という態度が見え隠れするから、心から楽しめないし、また心からお客様に感謝するという気持ちもなくなる。日本の男の背筋は、すっと伸びていないのである。

 二つ目は、一定以上の収入が見込めるようになった途端、それ以上の努力をプラスに向けずに、節税というマイナス方向に向け始めることだ。富を生む能力のある人が、これ以上は富を生産せずに、税金を取られない工夫に大きなエネルギーを使い始め、いつの間にか節税が仕事になってしまう。

 節税とは合法的な脱税だから、そんな人を許すなという意見があるが、それは大間違いである。善良な人にこうした行為を強いる税制の方が悪いのである。労働によって富を生むことを空しく思わせるシステムは、どんなに美辞麗句で飾られていても、絶対に正しくない。

 三つ目は、政府が国民から自由を奪い取ってしまうことである。それは、税金が増える分だけ統制の度合いが進むためで、この理屈については第四章で述べる。

いちばん大切なものは「国民の富」


 税金について考える時、その前にまず考えなければいけないのは、「富」である。なぜならば、そもそもいちばん大切な問題は、「国民の富と富を創り出す力をいかに涸渇させないで、さらに強めるか」ということだからである。国民から税金を取って、国民のためにサービスする政府の役割は、それだけしかない。だから、富について一度ゆっくり考えなければ、何のために税金を取るのかわからなくなってくる。政府を維持するためだと勘違いする人も出て来る。

 現在、税金について混乱した議論が多いのは、そこがすっぽり抜けているためだと思われる。あるいは、「富」についての考え方が大きく変わったことに、今でも気づいていない人が多いためだと思われる。そこで富について考えることから、開始しよう。

 そもそも富とは何であるか。「富」という漢字は、「宀」(いえ)と「(中に酒がいっぱい入ったとっくり)でできている。つまり、大昔、物が少ない時代に、屋根の下に食物だけでなく、貴重品の酒までたっぷりあるという、豊かさやゆとりを表わしたものが「富」という象形文字である。

 日本固有の大和言葉で考えると、「とむ」の語源説は大別して二つあり、「()む、集まる」と「()」が実る「田実(たみ)」から来ると言われている。つまり、土地や土地からの収穫物を集めた権力者が蔵に積んだイメージを、「とむ」という言葉に凝結させたと考えられる。つまり、富とは「財産が増えて金持ちになること」であり、かつまたその「豊かな財産」を意味している。

 英語で富を示すwealth(ウエルス)は誰でも知っているwell(ウエル)(よい)の名詞だが、「繁栄、幸福、富裕」を意味した古英語のwela(ウエラ)から来たもので、道徳的、精神的によいというイメージから発して、物質的な財産、豊富の意味として定着した。

 やや経済学的な面から見ると、「富」を定義する言葉にutilities(ユーティリティーズ)という言葉があり、「労働によって得られたもので効用あるもの、有用なもの」という意味である。太陽や澄んだ空気、きれいな水といったものは、いずれもありがたく、有用ではあるが、これらは人間の知恵や努力によって作られたものではないので、経済学で言うutilitiesの中には含まれていない。

 つまり、英語の富という言葉には、物質的なもので、しかもよきものというイメージが一つある。

 これに対して、ふつうは形容詞で使われることが多いrichの名詞形riches(リッチズ)(富)は、wealth(ウエルス)とは趣を異にしている。

 richesの語源は、印欧語のreg- という語から出ており、「支配」を意味し、権力者や王のようであるという意味になる。同じようなものに、ラテン語のrex(レックス)があり、これは「王様」のことである。richと同じ語源を持つドイツ語reich(ライヒ)は、「豊かな、金持ちの」という形容詞だが、大文字で、Reich(ライヒ)と書くと「帝国」という名詞になる。

 さらに同じ語源をたどって行くと、reach(リーチ)に突き当たる。「手が届く」とか「手を伸ばして取る」という意味だが、これは富を力、権力として捉えていて、権力者は自分たちのところへ手を伸ばしてくるというイメージから来ている。

 イギリスの(ことわざ)に、

A King has long arms. (王様は長い腕を持っている)


 という言葉があるが、支配者である王様が、どこまでもどこまでも追いかけて来るといった意味で、reachには似たような語感がある。すなわち、richesという単語は、元来が権力のある者を意味していて、次いで王様のように権力のある者は、同時に物質的にも豊かだったから、「豊かさ」という意味が二次的に生まれたと考えられる。

 ということは、richの持つイメージは日本人の考える豊かさ、富とは、多少違ってくる。というのも、日本ではすでに江戸時代、富んでいたのは町人だが、貧乏武士には頭を下げなければならないという社会ができあがっており、富が即強さや権力に結びつくというイメージが薄れてしまっているからである。

産業革命で、富は「土地」から「商品」へ


 語源探求はこのくらいにしておくが、とにかく富というものは、物質的なものであり、人間にとって有用で、労働や努力、勤勉の対象になるもののこと、さらにそれが権力と結びついているという、そういうイメージを持っている。

 われわれの頭のイメージにある富は本来、土地を主体にした経済の時代に形成された。
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