読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1246015
0
日本人の品格
2
0
0
0
0
0
0
生き方・教養
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
われわれが失くしてしまったもの まえがきにかえて

『日本人の品格』
[著]岬龍一郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:9分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

◎アインシュタインも愛した尊い国・日本

 かつての日本および日本人が、今日と違っていかに“品格”があったか、まずはそのことを語っておこう。

 すでに昔話となってしまったが、相対性理論の発見者として有名なアインシュタイン博士が、「桜の花咲く憧れの国」として日本を訪れたことがある。一九二二(大正十一)年十一月のことだ。彼は一か月と十日あまり滞在し、東京大学をはじめ各地で講演を行なった。その中の一つにこんなものがある。


 近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。

 一系の天皇を戴いていることが、今日の日本をあらしめたのである。私はこのような尊い国が世界に一か所ぐらいなくてはならないと考えていた。

 世界の未来は進むだけ進み、その間、幾度か争いは繰り返されて、最後の戦いに疲れるときが来る。

 そのときの人類は、まことの平和を求めて、世界的な盟主をあげなければならない。この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くてまた尊い家柄でなくてはならぬ。

 世界の文化はアジアに始まって、アジアに還る。

 それには、アジアの高峰、日本に立ち戻らなければならない。

 我々は神に感謝する。我々に日本という尊い国をつくっておいてくれたことを。


 アインシュタインは、日本へ向かう航海上で、ノーベル物理学賞受賞の知らせを受けるのであるが、いかに気分が高揚していたとはいえ、これは絶賛ともいえる賛辞である。今日の荒廃した日本、ならびに日本人を知る者としては「どこの国の話か」と耳を疑うほどである。

 彼は他のところでこんなことも語っている。
「日本人のすばらしさは、きちんとした(しつけ)や心のやさしさにある」
「日本人は、これまで知りあったどの国の人よりも、うわべだけではなく、すべての物事に対して物静かで、控えめで、知的で、芸術好きで、思いやりがあってひじょうに感じがよい人たちです」
「この地球という星の上に今もなお、こんな優美な芸術・伝統を持ち、あのような素朴さと心の美しさをそなえている国民が存在している……」

 そして私がもっとも印象に残った言葉は、
「日本人が持っている、生活の芸術化、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらのすべてを純粋に保って、忘れずにいて欲しい」

 と言っていることだ。

 アインシュタインが見た日本という国は、大正時代のことであるが、かつての日本は確かにこのような“美しい国”だったのである。だが、不幸なことにその一年後、日本は関東大震災に見舞われ、同時に世界大恐慌に巻き込まれたことから、その後は太平洋戦争への道へと突き進んでいくのだ。

 アインシュタインが訪日してから今日まで八十余年。日本および日本人はあの戦禍の跡から高度成長を遂げたとはいうものの、いま再びアインシュタインが訪れたとして、果たして同様の賛辞を贈ってくれるだろうか。「ノー」であろう。いまや日本人はアインシュタインが訪れたころの、「きちんとした躾や心のやさしさ」「物事に対する物静かで、控えめで、知的で、芸術好きで……」といった品格は、どこかに置き忘れ、世界からは「エコノミック・アニマル」としての評価しか与えられていない、というのが正直なところだろう。

 あえて言っておくが、日本および日本人を「尊い国」「美しい日本人」と評価したのはアインシュタインばかりではない。歴史をひもとけばすぐにわかることだ。本文でも詳述するが、訪日した多くの外国人たちは、日本人の節度ある態度や清潔な暮らしぶりに驚嘆の声をあげているのである。

 たとえば、日本にキリスト教を広めようと戦国時代に来日したフランシスコ・ザビエルは、
「この国の人々は今まで発見された国民のなかで最高であり、日本人より優れた人々は、異教徒のあいだでは見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。驚くほど名誉心の強い人で、他の何ものよりも名誉を重んじます。大部分の人々は貧しいのですが、武士も、そうでない人々も、貧しいことを不名誉とは思っていません」(『ザビエルの見た日本』講談社学術文庫)

 と、イエズス会へ送った手紙の中で、したためている。

 なぜ、かつての日本人は貧しいながらも、これほどまでの“品格ある日本人”でありえたのか。逆にいえば、なぜわれわれ現代人は高度な経済成長社会にあって、自由と豊饒(ほうじよう)を甘受しながら、“醜い日本人”になってしまったのか。そのギャップに驚くばかりである。

 いったい、日本人から何が失くなってしまったのか。

◎「意志力」を「自律心」にまで高めた精神=「武士道」

 健全なる社会をつくり、美しい自己を確立しようとするとき、もっとも必要とされるのは、何か。それは「かくあるべし」という意志の力である。行動を裏づける倫理的な信念といってもよい。

 意志とは何か。平たくいえば「やる気」である。どれほど他の条件が揃っていても、この「やる気」がなければ何も実現できない。

 たとえば法隆寺だ。この寺は日本を代表し世界遺産にまでなったように、古代の木造建築をそのまま残した見事な“日本の美”である。千四百年前に建てられたものだが、いまもその美しさを誇っている。

 いうまでもないことだが、この寺は長い歴史の中で幾多の災難に遭遇し、何度も崩壊の危機に瀕してきた。だが、そのたびに修復され、いまなお昔のままの美しい姿を保っている。誰がそれを守ってきたのか。時の権力者か、為政者か。そうではない。それは「法隆寺を守ろう」とする意志ある人々によって守られてきたのである。

 作家の塩野米松さんの話によれば、法隆寺の伽藍(がらん)の西側には西里と呼ばれる集落があって、この集落の人々が無報酬で守ってきたのだという。この集落の人々は、日頃は田畑を営み自給自足の米や野菜をつくっている。だが、法隆寺が修理を必要としたときには、左官となり、屋根()きとなり、石工(いしく)となり、大工となって、営々と受け継がれた伝統の技で、もとに戻してきたのである。それは、美しいものをいつまでも美しく保存しておきたい、という信念から、誰にいわれることなく、ただ純粋に守り通したにすぎないのである。つまり、守ろうとする意志のある人々によって、あの法隆寺の美しさは存在しているのだ。

 逆にいえば、いかに科学技術が進歩したところで、いかに立派な建築資材を揃えたところで、そこに「やる気」をもった技術者がいなければ、結局は何も始まらないのである。

 かつて、その「意志力」を「自律心」という徳に高めた精神があった。「かくあるべし」という厳しい精神をもって行動の美学とした日本の文化があった。それが「武士道」である。
「武士道」などといえば、いまの人には封建的な過去の遺物と否定されようが、果してそうだろうか。たしかに「武士道」は長い封建社会の中で、特権階級である武士が守るべき道徳律として誕生した。しかし、その崇高なる精神は時代の変遷とともに、社会の状況に呼応しながら、武士だけではなく広く一般の庶民にも広がり、普遍的な“人の(みち)”となったことも事実である。

 なぜなら、「武士道」の根底をなすものは儒教であり、儒教は人が人として守るべき精神として「仁・義・礼・智・信」(五常)の五つの徳を説いた。そしてそれが“人の倫”の精神として尊ばれるようになると、庶民たちも刺激を受け、それに学ぶようになった。人間としての“人の倫”に武士も農民も町人も区別はないからだ。

 しかも、江戸幕府が儒教をさらに体系化した朱子学を官学としたことから、武士道はさらなる磨きをかけ、「花は桜木、人は武士」と謳われたように、その道徳律は“大和魂”となって日本人の行動美学にまで昇華されたのである。

「武士道」とは何か──。

 詳細は本文で詳述するが、新渡戸稲造(にとべいなぞう)博士はその基本精神を「勇猛果敢なフェア・プレイの精神」と規定している。すなわち、不正や卑劣な行動を禁じ、死をも恐れない正義を遂行する精神である。儒教精神ともっとも違うのは、儒教が「仁の精神」(思いやり・慈悲)をトップに置いたのに対して、「武士道」はその中心に「義」を置いたことだ。義とは「打算や損得のない人としての正しい道」のことである。

 したがって、武士(サムライ)たる者の行動基準はすべてこの「義」を基にして、「五常」の徳を「仁義」「義勇」「忠義」「信義」とつくり替え、さらにその集大成として「誠」の徳を最高の位置に据えた。「誠」とは、一般的には、誠実を尽すという意味だが、その字が「言」と「成」からなるように、「言ったことを成す」との意味に転化し、ここから「武士に二言はない」の言葉が生まれ、言行一致の行動美学となった。

 そのために武士たる本分は、支配者階層として“民の模範”となるべく、正義をモットーとして、利欲に走らず、ひとたび承諾した以上は命懸けでその言葉(約束)を守り、不正や名誉のためには死をもってあがなうことが義務づけられた。福沢諭吉はこれを「瘠我慢の説」と称したが、だが、その痩せ我慢があればこそ、あの明治維新のとき、西洋列強の植民地にもならず、日本の近代化を実現できたのである。


 いま戦後の六十年を振り返るとき、われわれ現代人が失くしたもっとも大事なものは、この日本人たる精神の、品格あるバックボーンではなかったのか。戦後の経済至上主義は効率主義を生み出したが、それは単に「利欲」に走るエコノミック・アニマルにすぎなかった。金権政治、汚職、悪徳商法、拝金主義、世はまさにカネ、カネ、カネである。そのために人情はなくなり、心はささくれだち、挙げ句の果てが成人病にノイローゼ、そして過労死だ。物質的に豊かになっても、精神の豊かさがなければ人は幸福とはいえないのである。

 明治期の啓蒙家たちは、開国によって怒濤(どとう)のごとく押し寄せた「文明開化」の波に飲み込まれかけたとき、日本独自の精神を忘れんがために「和魂洋才」なる思想でそれに対抗した。いうまでもなく「和魂」とは、伝統ある武士道精神のことで、これこそ日本人のアイデンティティだったのである。われわれも姿の見えなくなった日本および日本人を取り戻すために、いま再び、大和魂である武士道の再確認をするべきではないのか。本書を執筆した動機はまさにここにある。


 平成十八年五月吉日
岬 龍一郎 
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:4246文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次