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日本人の品格
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生き方・教養
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二章 新渡戸稲造が『武士道』を書いた理由

『日本人の品格』
[著]岬龍一郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:16分
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 新渡戸稲造とはどんな人物か


 ところで、本書は新渡戸稲造博士の『武士道』を機軸にして、私なりに武士道を解釈してみようというのが狙いである。執筆の最大の動機となったのは、なぜキリスト教徒であった博士が『武士道』なる本を書いたのか、まず、その点に魅かれたからだ。

 本来、武士道は、徳川幕藩体制を支えた武士階級の道徳精神である。江戸時代に書かれたものであれば、私はなんの不思議もなく看過したであろう。事実、武士道を書いたものには、肥前鍋島藩の山本常朝(つねとも)が著した有名な『葉隠(はがくれ)』をはじめとして、山鹿素行(やまがそこう)の『山鹿語類』、井沢蟠龍(ばんりよう)の『武士訓』、大道寺友山(ゆうざん)の『武道初心集』など数多くある。

 とはいっても、武士道は当時の武士階級にとって、守るべき当然の道徳律であったので、“これぞ武士道”として成文で残っているわけではない。前にも記したように、封建時代の長い年月の中で、武士の生き方として、不文律の道徳・倫理の精神として自然に培養されたものにすぎなかったのである。

 それなのに、なぜ、明治・大正時代に活躍したキリスト教徒の博士が『武士道』なる本を書いたのか。しかも、この本は原題を『BUSHIDO' the soul of JAPAN』といい、明治三十二(一八九九)年、アメリカで英文で発刊されている。

 こうした謎を解くにあたっては、まず、『武士道』の著者である新渡戸稲造その人を紹介しなければならないだろう。

 新渡戸稲造とはいったい何者か──。

 多くの人は彼の名前ぐらいは知っていても、その人となりまでは知らないだろう。だが、その顔は誰もが知っているはずだ。なぜなら彼は以前、ある人にとっては命より大切なお札の、「五千円札」の肖像となっていた人物だからだ。当時は「一万円札」は福沢諭吉であり、「千円札」は夏目漱石であった。

 なぜ、この三人がお札の肖像になったのかの理由を私は知らないが、いみじくも三人とも明治時代の偉人であるところが興味深い。かつては聖徳太子や伊藤博文などの政治家の肖像が使われていたが、権力欲の強い政治家より近代日本を文化面から築いた彼らを登用したことに、登用者側の良識を感じる。なぜなら、この三人は武士道を“美しき日本人の精神”としてこよなく愛し、清廉(せいれん)に生きた人々だったからである。

 福沢諭吉が武士道を愛したことはすでに述べたが、悩める文学者であった夏目漱石もその一人だった。もちろん漱石の文学の中に武士道を具体的に描いたものがあるわけではない。ただ、彼の弟子にあたる鈴木三重吉(みえきち)に宛てた手紙の中で、漱石はこう書いているのだ。
「……いやしくも文学をもって生命とするものならば、単に美という(だけ)では満足できない。ちょうど維新の当時の勤皇家が困苦をなめたような了見(りようけん)にならなくては駄目だ。
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