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新渡戸稲造の人間道
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生き方・教養
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はじめに

『新渡戸稲造の人間道』
[著]岬龍一郎 [発行]PHP研究所


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――道徳の思想は高尚、その道理は遠大であろう。……(中略)
――これに反し、われわれの最も意を注ぐべき心(がけ)は平常毎日の言行――言行といわんよりは心の持ち方、精神の態度である。平常の鍛錬が成ればたまたま大々的の煩悶(はんもん)の襲い来る時にあたっても、解決が案外容易にできる。ここにおいてわが輩は日々の心得、尋常平生(じんじようへいぜい)の自戒をつづりて、自己の記憶を新たにするとともに同志の人々の考えに供したい。
(『自警録』序より)

――功名富貴(こうみようふうき)は修養の目的とすべきものでない。みずから省みていさぎよしとし、いかに貧乏しても、心のうちには満足し、いかに誹謗(ひぼう)を受けても、みずから楽しみ、いかに逆境に(おちい)っても、そのうちに幸福を感じ、感謝の念をもって世を渡ろうとする。それが、僕のここに説かんとする修養法の目的である。
(『修養』総説より)


  かつて日本は美しい国といわれてきた。

  かつて日本人は礼儀正しい国民といわれてきた……。


 今日の日本人の姿を見るとき、私たちはいまでもそういえるだろうか。やはり「かつて」という冠をかぶせざるをえないであろう。

 私たちは戦後六十余年の歳月のなかで、なにを得て、なにをなくしてきたのだろうか。

 たしかに、現在の日本は豊かになった。便利になった。だが高層ビルが建ち、携帯電話をたずさえ、インターネットで世界と結ばれるようになったからといって、私たちはほんとうの豊かさを、ほんとうの幸せを得ることができたのだろうか。

 その昔、福沢諭吉は『文明論之概略』のなかで、「文明人とは人の身を安楽にして心を高尚にすることを言うなり。衣食をゆたかにして人品を貴くすることを言うなり」と述べたが、いまの日本人は、その生き方を高尚にするどころか下品になり、かつてあった「節義」や「惻隠(そくいん)の情」を置き去りにし、人間の尊厳さえも忘れようとしているのではないか。

 西洋の「罪の文化」に対して、日本は「恥の文化」といわれてきたものだが、現在の日本人はその恥を知る「廉恥(れんち)心」を失ったばかりか、美徳といわれた「奥ゆかしさ」までなくしてしまっているのである。

 どうしてこんな日本人になってしまったのか……。

 健全な社会をつくり、美しい自己を確立しようとするとき、私は戦後の社会からほとんど消えてしまったひとつの言葉を思い出す。それは「修養」という言葉だ。いまふうにいうなら、「自分を磨く」といった人間学である。動物としての「ヒト」を「人間」たらしめるものは、この修養(人間学)にかかっているといってよい。

 じつは、この修養について、世界的名著といわれる『武士道』を書いた、あの新渡戸稲造(にとべいなぞう)博士が、さかんにこの修養論を説いていた。それが『修養』『世渡りの道』『自警録』といった本である。

 私は新渡戸博士の『武士道』を翻訳し、その関連書も数冊出させてもらい、新渡戸研究は二十年ほどになるが、修養論や処世論といったものは意識的に避けてきた。なぜなら『武士道』を読めば、それらの真髄は網羅(もうら)されてあり、あらためて修養論でもなかろうと考えていたからだ。

 だが、私が主宰(しゆさい)している塾の若い人たちから、
「武士道では難しすぎる。もっと日常的な人間学はないのか」

 と問われ、そこであらためて博士の修養論の本を読み直してみたのだった。

 これらの本は、新渡戸博士が当時の通俗雑誌であった『実業之日本』に連載されたものを、そのつどまとめたものである。高等教育を受けられなかった働く若者たちに向けて書かれたものなので、その言葉遣い、引用例も通俗的なもので、くどいほどやさしく書いてある。

 だが現在(いま)となっては、このくどさとやさしさが読みにくさにつながり、引用例も古い。そこで、これらの本を熟読吟味(ぎんみ)して、新渡戸博士のいわんとする主旨をそこなわずに、私なりの解釈をふまえた修養論が、この「人間道」となった。


 博士が『修養』の総説で述べていることをひと言でいえば、修養は豊かな人生と幸福を(いざな)う生活法ということである。「武士道」のきびしさとはかなり(おもむき)(こと)にするが、日々日常の人格形成の見地からすれば、若い人たちにとっては、この「人間道」のほうがより身近で、人生の処世訓となるはずである。

 なお、本書の企画・編集にあたっては、PHP研究所生活文化出版部の山口毅氏および関係各位にお世話になった。厚く御礼申し上げる。


  平成十九年一月
郎 
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