読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1246051
0
新渡戸稲造の人間道
2
0
0
0
0
0
0
生き方・教養
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第一章 一人前の人間になるということ

『新渡戸稲造の人間道』
[著]岬龍一郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:22分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


新渡戸博士と伊藤仁斎


 序章で述べたように、この『修養』『自警録』という本は高等教育を受けられなかった働く若者たちに向けて書かれたものなので、その言葉遣い、いいまわしも、驚くほど通俗的である。たとえば、『自警録』は、第一章からして「男一匹」とのタイトルが付けられ、とても当時、最高水準の教養の持ち主だった新渡戸博士が書いたものとは思えないほどである。

 ともに大教育者としてよく比較される福沢諭吉にしても、当時の教養人としてはやさしい文章を書いた人だが、それでも中学生を相手に書いたといわれる『学問のすゝめ』には、「独立自尊」「人間の権利」「国民の義務」といった大上段のテーマが並んでいる。だが、博士は「男一匹」である。

 もちろん、この二人の間には二十七歳という年齢差と時代背景の違いがあるので、単純に比較することは妥当ではないかもしれない。江戸時代の漢籍(かんせき)(漢文で書かれた文献)教育を受けた福沢と、明治になって海外留学で洗練された西洋的教育を受けた新渡戸との差ともいえるだろう。

 ともかく新渡戸博士の文章はざっくばらんで、当時の青年たちが使った言葉で書かれているのである(とはいっても、大正初期に書かれたものなので、現在のわれわれがスムーズに読める、というわけにはいかないが)。

 私も物書きのはしくれとして、一応の文章修業を積んできたが、先輩たちから、「文章でもっとも大事なものは平易簡潔。難しいことはよりやさしく、やさしいことはより格調高く書け」と何度も指摘された。ところが、これがなかなか難しいのである。

 人はすこしばかりの才能があると、奇を(てら)い、美辞麗句を並べ立て、難しい用語を使いたがるものなのである。今日でも大学教授たちが書いた書物を読むと、やたらと難しい言葉を並べて、結局、なにがいいたいのかわからないといったものがあるが、はっきりいって、こうした文章は下手(へた)の見本といってよいだろう。

 さてそこで、私が新渡戸博士の『自警録』『修養』などを読んでいて思い出したことは、博士の教育指導は江戸時代中期の儒学者・伊藤仁斎という人に似ているということであった。

 もちろん伊藤仁斎にも『論語古義』『孟子古義』という難解な書物があるが、青少年のために書かれた『童子問(どうじもん)』という本は、内容は高尚なのだが、じつに通俗的な比喩(ひゆ)が多く使われ、平明でわかりやすい。江戸時代の子どもたちがこんな本を読んで修養していたのかと思うと、驚くばかりだ。

 だからもし儒学を学びたいと思う人があれば、いきなり孔子の『論語』や孟子の『孟子』など読まずに、まずはこの『童子問』を読むことをおすすめする。この本は童子(少年)に向かって問答形式で書かれてあるので、なによりも儒学とはなにかといった全体像がわかるようになっているからだ。

 それもそのはずで、この伊藤仁斎という人こそ、中国の儒学を「日本流の儒学」にアレンジして変えてしまった人なのである。江戸時代の儒学の普及はこの人のお陰といってよいほどである。

真理は日常の現実のなかにある


 そう思って見ると、新渡戸博士は伊藤仁斎とまったく同じ立場に立って、若者たちの教養を高めようとしていたのだということがわかる。博士はエリート養成機関の最高学府であった「一高・東大」の学生たちに対しても、視野の狭い専門家にならないための心得として、「専門センスよりもコモンセンス(常識)」の大切さを唱道し、視野の広い常識人を育成することに努めていたほどである。

 だが、それゆえにこの二人には似たような批判がともなった。学問をもっと深遠なもの、権威あるものとアカデミックに考える学者たちからは、通俗卑俗(ひぞく)であると(さげす)まれ、ともに批判されたのである。

 この通俗卑俗であるとの批判に対して伊藤仁斎は、儒学の祖である孔子を“偉大なる常識人”としてとらえ、同様に仁斎も常識を人間の道として重んじていた。常識とは、「仁」とか「義」とかの難しい言葉ではなく、ウソをつくな、悪いことをするな、とかの一般的な考えである。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:9120文字/本文:10801文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次