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これが仏教
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生き方・教養
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際限のない努力主義は、“おごり”を肯定する

『これが仏教』
[著]ひろさちや [発行]PHP研究所


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「イン・シャー・アッラー」


 イスラム教徒の慣用句に、
「イン・シャー・アッラー」

 がある。その文字通りの意味は、「もしも神(アッラー)が欲し給うならば……」である。

 たとえば、編集者が著者に原稿を依頼する。締切日は何月何日です。必ず締切日までに原稿を送ってください。そう頼みこむ。そのとき、著者がイスラム教徒であれば、
「はい、わかりました。締切日までに原稿を渡します。イン・シャー・アッラー」

 と答えるわけだ。あるいは商売人であれば、期日を定めて代金の支払いを約束する。そのとき、約束のあとに必ず「イン・シャー・アッラー」が付け加えられるわけだ。

 このことばは、わたしたち非イスラム教徒には、どうにも胡散臭(うさんくさ)いものに聞こえてならない。

 だって、そうでしょうよ、神のみ心であれば代金は支払いますが、神のみ心でなければ支払わないかもしれませんよ……と言われたら、なんだか頼りなくてならない。

 原稿が書けるか書けないか、神のみ心次第であって、締切日に原稿が貰える保証がない。編集者にすれば不安でならないはずである。

 わたしたち非イスラム教徒にとっては、この「イン・シャー・アッラー」という慣用句は、約束不履行のための都合のいいことばのように思えてならない。

 ところが、イスラム教の聖典の『コーラン』は、常にイスラム教徒がこのことばを言うようにと命じている。
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