読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1246480
0
これが仏教
2
0
0
0
0
0
0
生き方・教養
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
“かわいそう”は同情ではない。他人を否定する感情である

『これが仏教』
[著]ひろさちや [発行]PHP研究所


読了目安時間:8分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


「かわいそうに……」はまちがい

「おまえは、こじきに金をめぐんでやるか……?」

 あるとき、わたしはアメリカ人に尋ねられた。
「そりゃあ、場合によるよ。やるときもあれば、やらないときもある」

 わたしはそのように答えた。
「オーケー、じゃあ、こじきに金をめぐんでやるとき、どういう気持ちでそうするのか?」
「“かわいそうに……”と思ってする」
「それはいけない そんな考え方は傲慢(ごうまん)だ」

 アメリカ人はそう言ったが、わたしにはもうひとつ、彼の言っている意味がわからない。それで、あなたはこじきに施しをするとき、どう考えてするのかを質問した。
「われわれキリスト教徒は、こじきを見てこう考える。そうか、おまえさんは働かないで生きて行こうとする生き方を選択したのか……。その生き方もなかなかおもしろい。がんばれよ わたしはちょっと援助させてもらおう。そう考えて施しをする」

 そして、彼は、こう付け加えた。

 天にまします神は、彼に働かないで生きる生き方を許しておられる。それを他人が、おまえさんの生き方はよくない、とケチをつけてはいけない。わたしたちに他人の生き方に干渉する権利はないのだと。

 言われて、わたしはキリスト教の考え方がよくわかった。そしてわたしは、インドでインド人から聞かされた、日本人に対する抗議のことばを想い出した。二人きりで話していたとき、インド人の日本語ガイドがこう語った。

 ──わたしは日本語ガイドをしているが、日本人が大嫌いだ。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:3301文字/本文:3921文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次