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これが仏教
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生き方・教養
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欲を少なくし、足ることを知ることが幸福の公式

『これが仏教』
[著]ひろさちや [発行]PHP研究所


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仏教は「幸福学」である


 釈尊の晩年のころの出来事である。

 場所は祇園精舎(ぎおんしようじや)──。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」と、『平家物語』の冒頭にうたわれたあの祇園精舎である。

 阿那律(あなりつ)という名の比丘(びく)(出家修行者)が、衣のほころびを(つくろ)おうとしていた。

 だが阿那律は盲目である。それでも、繕いはできるが、針に糸を通すことができない。

 そこで彼は、他人に協力をもとめた。
「誰か、他人に親切をして幸福になりたい人がおられたら、わたしの針に糸を通してください」

 阿那律はそう呼びかけた。

 すると、「では、わたしが親切をさせていただこう……」と、応ずる人があった。

 阿那律は目が見えない。でも、声はわかる。それが誰の声だか、わからないはずがない。

 まちがいなく、その声は釈尊であった。

 阿那律は、あわてて針と糸をかくす。
「いいえ、お釈迦さま。わたしは世尊に申し上げたのではありません。誰か、他の修行者仲間に言ったのです」
「どうしてだね、阿那律よ。なぜ、わたしではいけないのだ?」
「お釈迦さまは、すでに悟りの彼岸に渡られた方でございます。幸福そのものであられます。いまさら功徳を積んで、幸福を求められる必要はありますまいに……」
「阿那律よ、それはちがう。そなたはまちがった考え方をしている。幸福の追求は、これでいいということはない。終りはないのだ。この世において誰がいちばん幸福を求めているかといえば、それはわたしなのだ。
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