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これが仏教
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生き方・教養
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“楽しいから”という動機はすべてに勝る

『これが仏教』
[著]ひろさちや [発行]PHP研究所


読了目安時間:8分
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頂上は一つ


 わたしは富士山に三度登った。

 世間では、富士山に二度も登る奴は馬鹿だと言われている。わたしはかつて気象大学校で哲学の先生をしていたものだから、学生を連れて三度も登るはめになったのだ。三度も登る奴は、ウルトラ馬鹿というのであろうか……。

 気象庁の観測船にも乗ったが、わたしは船酔いをしたことがない。富士山に登っても、高山病にかからない。わたしはいささか鈍感なのであろう。

 高山病にかからぬ秘訣は、下からゆっくりと歩いて登ることである。富士山の場合、たいていは五合目までバスで行って、そこから登る。わたしも三度ともそうした。そうすると、高山病にかかる人が出てくる。下からゆっくり歩いて登れば、気圧の変化に体が慣れる。バスで五合目まで登れば、急激な気圧の変化に体がついて行けないのである。それで高山病になるわけだ。気象庁の長官などは、山頂のレーダーの視察のために、ブルドーザーに乗って短時間で頂上に着く。そうすると必ず高山病になり、山頂には一時間ぐらいしかいることができない。すぐに下界に降りねばならないのである。

 わたしがなぜ、こんなこと言い出したかといえば、登山の場合に大事なのは「登り方」であることを強調したいからである。よく、こんなふうに言う人がいる。

 ──あらゆる宗教が目差している頂上は同じである。宗教の違いというものは、その頂上に至る道の違いのようなものだ。道の違いでもって争ってはならない──
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