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これが仏教
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生き方・教養
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観音さまはすべてを観(み)ながら救いの手をさしのべて下さる

『これが仏教』
[著]ひろさちや [発行]PHP研究所


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「音声を観ずる」ほとけさま


 観音さまは、慈悲と救済を特色としたほとけさまだ。われわれ日本人になじみ深いほとけさまである。

 しかし、“観音さま”というのは、いささか奇妙な名前である。

 そう思われませんか?

 だって、音というものは聞く(聴く)ものであって、観るものではない。それなのに、なぜ「音を観る」と名づけたのであろうか……。

 観音さまは、正しくは“観世音菩薩(ぼさつ)”という。“観音”というのは省略した形である。そして、観音さまには異名がある。あの『般若心経』に出てくる、

 ──観自在菩薩──

 というのは、じつは“観世音菩薩”と同じ存在である。つまり、『般若心経』を訳した玄奘(げんじよう)三蔵は、観音さまを“観自在菩薩”と訳したのであるが、『観音経』(『観音経』は『法華経』の中の一章を独立させた経典である)を訳した羅什(らじゆう)三蔵は、それを“観世音菩薩”と訳したのである。

 まあ、「観自在菩薩」(自由自在に観ることのできる菩薩)というのは、すんなりと理解できる。だが、「観世音菩薩」(世の中の音を観る菩薩)というのは、ちょっと理解に苦しむ。

 なぜ、観音さまは、「音を観るほとけさま」なのか? それをこれから考えてみよう。

 まず最初に、『観音経』を引用しておく。


 仏告無尽意菩薩(ぶつごうむじんにぼさつ)善男子(ぜんなんし)若有無量(にやくうむりよう)百千万億衆生(ひやくせんまんのくしゆじゆう)受諸苦悩(じゆよくのう)聞是観世音菩薩(もんぜかんぜおんぼさつ)一心称名(いつしんしようみよう)
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