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ビジュアル 目からウロコの世界史
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歴史
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精神的な求心力となった宗教

『ビジュアル 目からウロコの世界史』
[著]島崎晋 [発行]PHP研究所


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 紀元後の世界、東アジアでは中華世界の拡大が顕著となった。統一王朝と群雄割拠の時代が繰り返されるのと併行して、周辺諸民族との抗争が絶えなかった。この過程で民族・文化間の融合と中華民族の居住域の拡大がすすんでいく。

 同じ時期、西アジアでは二つの世界宗教が誕生した。1世紀にキリスト教がパレスティナに、7世紀にはイスラームがアラビア半島で産声をあげたのである。

 1〜5世紀頃までの西欧の歴史はローマとキリスト教を軸に展開する。ローマでは前1世紀の終わりにアウグストゥスによって帝政がはじめられた。

 しかし100年、200年とたつうちにローマ帝国の統治は揺らぎはじめる。帝国の崩壊を防ぐべくさまざまな手だてが施されたが、新たな精神的求心力の構築というのもそのための一策で、白羽の矢が立てられたのがキリスト教だった。4世紀に国教化されたキリスト教は、ゲルマン民族が西欧を席巻してからもかれらを改宗することによって、西欧の精神世界に君臨し続けることとなる。

 西ローマ帝国は5世紀に滅びるが、東ローマ(ビザンツ)帝国は15世紀まで命脈を保つ。千年王国を身をもって実践したのだ。ビザンツのキリスト教は西欧カトリックとは異なる独自の展開をみせる。異民族の支配下に入ったカトリック(普遍)に対して正統性を主張し続け、こちらこそが「正教」と称していた。

 東西両教会が布教を競いあったため、地中海周辺はキリスト教一色に染まるかに見えた。

 しかし、7世紀、アラビア半島にイスラームがおこったことで流れが変わる。ムハンマドが神の啓示を受けてからわずか1世紀あまりのあいだに、東地中海から北アフリカ、イベリア半島南半までがイスラームの旗で埋め尽くされた。東方への拡大もめざましく、イスラームの教えは海上商人によってインド、東南アジアにまで広められた。アッバース朝の首都となったバグダードは唐の長安とならぶ世界最大の都市に成長した。この二つにビザンツの首都コンスタンティノープルを加えた三都市が、8世紀における世界の中心であった。

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