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ビジュアル 目からウロコの世界史
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歴史
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東と西を結びつけたモンゴル

『ビジュアル 目からウロコの世界史』
[著]島崎晋 [発行]PHP研究所


読了目安時間:2分
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 紀元8世紀中頃から15世紀にかけては世界史上の大きな転換期となった。大きな動きが3つある。1つはイスラーム世界で東西文化融合が進んだこと、1つは西欧キリスト教世界が力をつけてきたこと、そしてもう1つはユーラシア大陸の東西がモンゴルによって史上空前規模のつながりをもつようになったことである。

 8世紀中頃から10世紀は、イスラームの時代といっても過言ではないだろう。キリスト教による制約から西欧ではギリシアの学術が排斥されていたが、イスラーム圏ではこれを継承発展させ、さらにペルシアやインドの学術も吸収しながら、文化ばかりかあらゆる分野で当時の世界最先端を走っていた。西欧は先進文化を輸入する立場だったのである。

 西欧社会に変化がみられるのは1011世紀頃からである。農機具の改良、家畜の農作業への有効利用なども進み、生産力が大幅に向上した。物が増えれば流通も盛んになり、都市も発達する。人口も増えはじめた。海上交易も盛んになり、それまで主役を担っていたユダヤ人は締め出され、ここにもキリスト教徒が進出していく。

 百年戦争とペストの大流行といった惨事も、結果として西欧の飛躍を強く後押しすることとなった。農村人口の激減と封建領主たちの相次ぐ戦死、これら諸々の情況が国王の権力を強化させ、ひいては国家全体の力を高め、統一的な対外政策をとることを可能にしたからである。

 モンゴルによってもたらされた国際的な変動も見逃すわけにはいかない。チンギス・ハーンによって統合された北アジアの遊牧民からなる軍団は、東は朝鮮半島から西は東ヨーロッパまでを支配下に入れた。いまだかつてこれほどの大帝国を築いた者はいない。

 その後、帝国は分裂するとはいえ、かれらが開いた交通網は生きていた。アジアの極東とヨーロッパはつながっていたのである。人が、物が、陸路と海路を利用してユーラシア大陸の東西を往来していた。モンゴルは世界の民に恐怖の記憶を残したものの、それと同時に、人びとの関心を異なる文明圏に向けさせ世界の距離を縮めるという、世界史上多大な貢献をしたことを忘れてはならない。

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