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無法者が塗り替える中東地図(毎日新聞出版)
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政治・社会
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はじめに――中東の戦争に前のめりになるトランプ政権

『無法者が塗り替える中東地図(毎日新聞出版)』
[著]宮田律 [発行]PHP研究所


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 一九七九年二月の革命で親米的なシャー(国王)体制が打倒されると、イランでは一九五三年にCIA(アメリカ中央情報局)の策動で民主的に選ばれたモサッデク政権をクーデターで打倒し、大量に、また無秩序に兵器を売却するなど王政を支えていたアメリカに対する敵対的な感情が沸騰した。多くのイラン国民は、王政の弾圧にもアメリカのCIAが協力していると考えていたが、実際CIAは王政の秘密警察であるSAVAKの創設にも手を貸した。イランの王政は「ペルシア湾岸の警察」を自任するなど冷戦時代のアメリカの中東秩序づくりに貢献していたが、強力な同盟国を失ったアメリカは、湾岸地域におけるパートナーを変更せざるを得なくなり、イランと敵対するイラクのサダム・フセイン政権に接近していった。サダム・フセインは現在のサウジアラビアのように、イランの宗教体制を打倒することを目指していた。


 一九八〇年にイラクがイランに侵攻すると、現在イエメンを空爆するサウジアラビアに対して行っているのと同様に、アメリカはイラクに軍事目標に関する情報や武器を供給するなど、イラクを支援していった。アメリカはイラクが最前線で化学兵器を使用していることも黙認した。イラン・イラク戦争ではおよそ五〇万人のイラン人が犠牲になった。


 また、一九九〇年八月にサダム・フセインのイラクがクウェートに侵攻すると、サダム・フセインは欧米諸国から「第二のヒトラー」と見なされ、一九九一年の第一次湾岸戦争で軍事的にクウェートから撤退させた。さらに、二〇〇三年にイラク戦争(=第二次湾岸戦争)でサダム・フセイン政権を打倒し、イラクでシーア派の政治家主導の新体制をつくったものの、アメリカが嫌うイランの影響力がイラクに浸透することになった。サダム・フセインは、スンニ派の人物であったが、アメリカはスンニ派を排除して、シーア派を重用していったが、こうした図式的な分断統治がその後のイラクの混乱を招くことになった。


 現在、トランプ政権のイランに対する敵対的姿勢によって第三次湾岸戦争が勃発する可能性があり、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの同盟にとってイランがその敵となっている。二〇〇三年のイラク戦争開始時と同じように、アメリカのトランプ大統領は、ボルトン国家安全保障担当大統領補佐官、ポンペオ国務長官などイランに対して敵対的で、好戦的な閣僚を周囲に配置している。イラン核合意からトランプ政権が離脱したことはアメリカとイランの対立を高め、第三次湾岸戦争の予兆として感じ取られるものであった。言うまでもなく、アフガニスタン・イラク戦争など同時多発テロが発生してからのアメリカの広域中東圏に対する関与を勘案すると、対イラン戦争が良好な結果をもたらすとはとうてい考えられない。


 アメリカのイラク戦争などへの軍事介入は、ISなどの冷酷で過激な武装集団の台頭をもたらし、アメリカはその制圧にさらなる莫大な資源を用いざるを得なかった。アメリカがイランを攻撃すれば、さらなる混乱と流血をもたらすことになることは明らかだが、トランプ政権はすでにサウジアラビアに特殊部隊を送り、イエメンとの戦争を支援している。


 第三次湾岸戦争となれば、一方でイラン、レバノンのヒズボラ、シリア・アサド政権、イラクやイエメンのシーア派組織と、アメリカ、イスラエル、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)との戦いになる。戦争が始まれば、「イラン同盟」の側にロシアが武器提供を行う可能性がある。ロシアは、イランに近代的な兵器を供給してきたが、イランはそうした武器をアサド政権やレバノンのヒズボラに提供している。緊張が高まれば高まるほど両勢力の間で軍拡競争や軍事的()(かく)が激しくなることは明らかだし、イランの軍隊にはサウジアラビアやUAEとは異なって実戦の経験もある。アメリカやイスラエル、サウジアラビア、UAEは地上戦ではなく、空爆やミサイルなどでイランの軍事施設に対する攻撃を繰り返すだろうが、それを想定してイランは市街地にも軍事施設を移動させることだろう。市街地が軍事目標になれば、少なからぬ市民の犠牲が出ることは間違いなく、現にサウジアラビアやUAEはイエメンの首都サナアへの空爆を執拗(しつよう)に行い、婦女子など多数の市民の犠牲が出ている。


 戦争の形態はイラン・イラク戦争の再現となり、双方とも石油施設や市街地への空爆やミサイル攻撃を行うことになるだろう。世界有数の産油国であるサウジアラビア、UAE、イランの石油施設が破壊されることになれば、日本を含めて世界の石油事情に重大な否定的影響を及ぼすことは明白であり、また戦争が長期化すればするほど、世界経済を深刻な混乱に陥れるだろう。


 イラク戦争はアメリカの思惑通りに進行せずに、アメリカは完全撤退まで九年近くを要し、さらにISの台頭とともに再派兵を余儀なくされた。戦争を意図するアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの思惑やプラン通りには進行しないだろうし、またこれらの国にはかりに戦争に勝利したとしても、イランの将来像に関する具体的ビジョンがなく、イラン政治の主導権をめぐって各勢力が対立や衝突を繰り返すなどイラン国内は混乱し、イラン革命後のように中央政府の権威が地方に浸透せずに、イラン各地で少数民族の反政府運動などの暴力的現象が見られることだろう。


 いずれにせよ、トランプ大統領の核合意からの離脱によって、中東情勢はより不透明になり、紛争の危機に近づき、シリアにおいてイスラエル軍はイランの軍事関連の施設を攻撃するようになった。イスラエルの主張では、イランはシリアでアサド政権を支援する軍事施設を築き、またレバノンのヒズボラに武器を移転している。五月一〇日に、イスラエルの戦闘機は、シリアのイラン軍事関連施設を空爆したことがイスラエル軍によって公表された。イスラエル軍の主張では、イスラエルがシリアから占領するゴラン高原に、シリアからイラン軍兵士が放ったロケット弾が着弾したという。イスラエル軍の攻撃は、イランがイラク、シリア、レバノンに影響力を拡大するにつれて、継続していくに違いない。


 さらに、ペルシア湾でイランと米軍の艦船が衝突する可能性もある。米軍は、バーレーンに海軍基地をもち、狭いホルムズ海峡の海域では、両国の軍艦がニアミスを繰り返す可能性が高い。


 ささいな軍事的衝突が、大規模で本格的な戦闘に至る可能性は高い。イラン・イラク戦争、湾岸戦争は石油というファクターが重要であり、サウジアラビアはアメリカへの主要な石油輸出国で、サウジアラビアからホルムズ海峡を通ってアメリカに輸出される石油は、アメリカ経済にとっても不可欠であった。一九八〇年一月の「カーター・ドクトリン」によって、アメリカはサウジアラビアや他の湾岸産油国の輸出が滞るようだと武力を行使することもいとわないことを明らかにする。


 レーガン大統領は、一九八〇年代のイラン・イラク戦争中にカーター・ドクトリンを最初に実際に行使し、サウジアラビアやクウェートのタンカーに星条旗を掲げさせ、米海軍の艦船に防御させた。石油をめぐる地政学は、一九九一年の湾岸戦争でも顕著に見られた。一九九〇年八月にサダム・フセインがクウェートを侵攻すると、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、アメリカがこの地域に石油輸入の半分を依存し、アメリカ経済に重大な脅威となると訴えて、サウジアラビアに米軍を派遣した。サウジアラビアの主権を擁護することは、アメリカにとっても欠くことができない利益だと述べた。


 さらに、二〇〇三年のイラク戦争を前にしてチェイニー副大統領は、サダム・フセインがペルシア湾の石油輸送にとって重大な脅威であることを強調した。今の「イラン脅威」の強調と同様の訴えである。さらに、イラクの国営石油会社をアメリカのスタンダードを基準に民営化し、アメリカの石油企業が経営することを唱えたが、トランプ大統領は二〇一六年の大統領選挙のキャンペーン中にも、同様に「我々はイラクの石油を維持すべきであった」と語っていた。


 現在、ペルシア湾岸ではサウジアラビアとイランが対立しているが、トランプ大統領は、イランに対する嫌悪を明らかにし、イスラエルのネタニヤフ首相もイランに対するパラノイア的ともいえる強迫観念から、本来は相()れない異教のイスラムの盟主を自任するサウジアラビアに加勢し、「サウジアラビア・アメリカ・イスラエル」枢軸が実質的に成立している。


 アメリカでは、シェール・エネルギーが採掘されるようになったことで、石油の海外依存が劇的に減りつつある。BP(イギリスの石油メジャー)によれば、二〇〇一年にはアメリカの海外からの石油輸入は、全体の消費の六一%であったのに、二〇一六年には三七%に減った。しかし、アメリカは中東イスラム地域の戦争に二〇年近くも関与し続けている。中東イスラム地域はアメリカの重要な武器市場であるし、また同盟国イスラエルの存立にアメリカは強く関わっている。


 アメリカの対テロ戦争の一環として行われたアフガニスタン、イラクでの戦争は皮肉にもアメリカが嫌うイランの影響力を高めることになった。アフガニスタンのタリバンは、一九九八年にアフガニスタン北西部の都市マザリシャリフでイラン人外交官八人を殺害するなど、イランと険悪な関係にあった。サダム・フセインのイラクは一九八〇年代に八年間にわたってイランと戦争するなど、イランにとって深刻な脅威となっていた。タリバン政権、フセイン政権をアメリカが戦争で打倒したことはイランにとって好都合なことで、特に、イラクでは、親イラン勢力がフセイン政権崩壊後に影響力を高めていくことになった。IS掃討作戦に貢献したイラクの民兵組織は、その一部がイランの革命防衛隊とともに戦った。


 シリアでは、イランはロシアのプーチン政権と連携し、アメリカが打倒しようとしたアサド政権を支えている。レバノンの親イラン勢力のヒズボラは、アサド政権を支援するために、その民兵たちをシリアに送り込むようになった。また、サウジアラビアはイランがイエメンのホーシー派に武器やミサイルを供与していると信じ込んでいる。サウジアラビアは、イラクやシリアでシーア派と敵対するスンニ派武装勢力に、アルカイダと関連があっても、武器・弾薬を提供してきた。二〇一五年にサウジアラビアは、スンニ派のアラブ諸国と同盟して、シーア派のホーシー派の壊滅に着手するようになり、大規模な空爆で市民の多数の犠牲者を出し、またイエメンを陸海空から封鎖して大規模な飢餓や、医薬品の不足などからコレラなど疾病をもたらした。サウジアラビア主導の空爆では、市場、学校、また結婚式場が標的となり、二〇一八年七月現在で一万人以上の犠牲者が出ている。


 オバマ政権は、イラン核合意でイランを国際社会に取り込み、中東イスラム世界の対立関係を和らげようとしたが、サウジアラビアやイスラエルからの支持を得られることはなかった。他方で、オバマ政権は、サウジアラビアのイエメン空爆に対して空中給油を行ったり、大量の兵器や標的に関する情報を提供したりしてイランをめぐってサウジアラビアとの摩擦を防ごうとした。


 IAEA(国際原子力機関)は二〇一八年四月末にも、イランが核合意を順守しているという見解を出しているものの、トランプ大統領は核合意からの離脱を発表した。トランプ政権がイランとの核合意をくつがえした背景には、イランを極度に警戒するイスラエルのネタニヤフ政権の意向がある。ネタニヤフ首相はシリア国内におけるイランの革命防衛隊の活動を強調するが、シリアのアサド政権とともに戦うイランの将兵は人数的にはイスラエルを攻撃するほどの規模ではまったくなく、戦闘要員の多くがイランに逃れたアフガン難民たちだ。


 アメリカがイスラエルの核兵器を問題視せず、イスラエルをNPT(核拡散防止条約)にも加盟させることがない「二重基準」が、北朝鮮のアメリカに対する不信となり、北朝鮮が核兵器を開発してきた一要因になった。アメリカやイスラエルの身勝手な「論理」が「核兵器と共存できない」精神を台なしにしてきた。二〇一八年六月にトランプ大統領と(キム・)(ジョン)(ウン)・北朝鮮労働党委員長の間で米朝首脳会談が行われた後も北朝鮮の核やミサイル開発の継続が伝えられるのも、トランプ大統領への不信を背景にするものであろう。


 トランプ大統領は、二〇一七年五月にサウジアラビアのリヤドを訪問した際にアラブ諸国の首脳たちを集めて、イランがレバノン、イラク、イエメンのテロリストたちに資金や武器を与え、テロリストたちを訓練していると述べ、イランが大量殺人を口にし、イスラエルの破壊を唱え、アメリカに死を、と訴えていることを強調してみせた。


 イスラエルのネタニヤフ首相も、イランがイスラエルの安全保障にとって脅威になっていることをずっと訴え、イランへの攻撃の可能性について言及してきた人物だ。オバマ政権時代、ネタニヤフ首相は、イランの核合意に激しく反対し、二〇一五年三月にはアメリカ議会でもイランの脅威が深刻であると主張した。ネタニヤフ首相は、「イランに支援されてシリアのアサド政権は国民を虐殺し、イランに支援されてシーア派の武装組織はイラク北部で大暴れし、イランに支援されてイエメンのホーシー派は、イエメンをコントロールして、紅海の入り口の海峡(バーブ・エル・マンデブ海峡)に脅威を与えている」と述べた。


 トランプ大統領やネタニヤフ首相は、中東でもう一つの戦争を起こしてイランを攻撃することを構想し、地域全体を破壊に導き、テロ組織を増殖しようとしている。ロシアや中国はイランを支えているので、イスラエルやアメリカのイラン攻撃は世界的規模の大災厄となるに違いない。アメリカのトランプ政権はネタニヤフ政権への支持を鮮明にし、国際法や国際合意を無視してアメリカ大使館をテルアビブから、ユダヤ・イスラム・キリスト教という三大一神教の聖地があるエルサレムに移転させた。国際秩序を考慮しないトランプ政権の中東外交が、この地域に重大な不安定や紛争をもたらしかねない。パレスチナではイスラエルとガザの境界でトランプ政権による大使館移転の措置に抗議したり、パレスチナ難民たちが故地のあるイスラエル領内に帰還する権利を求めたりして、二〇一八年三月末から抗議活動を行い、それにイスラエル軍が銃撃で応え、八月上旬までにおよそ一七〇人の犠牲者が出る事態となっている。


 かりにイスラエルがイランと戦争という事態になれば、ガザのハマスやレバノンのヒズボラなど反イスラエル勢力もイスラエルにロケットやミサイルを撃ち込み、イランやサウジアラビアが位置するペルシア湾岸地域だけでなく、イスラエルやレバノン、シリアなど東地中海地域にも戦火が拡大していく可能性がある。


 トランプ政権は不条理にもイラン核合意から離脱してイランとの対決姿勢を強め、イスラエル・ネタニヤフ政権とともに、エルサレムに大使館を移転するなどパレスチナ人の民族的権利を奪い、さらにイエメンを空爆するサウジアラビアに大量の武器を供与し、人道上の危機をもたらしている。アメリカ・イスラエルに対して中東イスラム世界の反発はいっそう強まり、テロも世界規模で広がる可能性もある。国際法を破るトランプ政権の無法ぶりと、トランプ政権の誕生によってさらに混迷が深まりそうな中東地域の現状、また日本はこの奇行の大統領の政策にいかに向き合っていくかを本書では考えてみたい。



  二〇一八年八月

宮田 律

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